■さんくすチョコ


 「お義兄さん!!妹さんを僕にくださげぼぁっ!!!


 赤いドレッド頭が光速で殴り倒され、太陽宮の壁にめり込んだ。
 息一つ乱さず、三節棍を元のようにたたみ、王子は今、男を一人三途の川に送り込もうとしたとは思えないような爽やかな笑顔を向けた。

 「何か、言ったかな?」

 『今のは聞かなかったことにしてあげる』という、王子殿下の慈悲深い温情に、隣に立つリオンが尊敬の眼差しで見つめた。
 「ファレナ中の女性に求婚してすべて断られ、とっくに新地を求めて旅立ったと思っていたけど・・・まだ何か、思い残すことでも?」
 「・・・いくら俺でも、ファレナ中の女には声かけてねぇ!」
 古傷を抉りつつ尋ねる王子に、今年が結婚最適齢期(自称)ガヴァヤは、なけなしのプライドで言い返す。
 ちなみに、去年は『結婚適齢期』で、来年は『結婚最々適齢期(予定)』だ。
 あの戦争の間、宿星の若い女性はもちろん、本拠地に集まった女性にも求婚しては断られ、王都奪還以後はソルファレナでも悲鳴をあげつつ逃げる女性を追い掛け回していた。
 「今日は特別な日なんだよ!今日告白すれば、絶対上手くいくって話を聞いて戻って来たんだ!!」
 「特別な日?」
 興奮し、息巻くガヴァヤに、王子は首を傾ける。
 「おうよ!今日は『ばれんたいん』っつってなぁ、告白すれば必ず成功する日なんだぜえ!!」
 「へぇ・・・それはスゴイね」
 勢いに押され、適当に相槌を打ってみるが・・・はたして『ばれんたいん』に、そんなご利益が?
 「スゲェだろっ!?で、愛の証に、女は男にチョコを渡すんだ!今日こそ告白して
愛しのリムちゃんvのチョコをぶげぼらっ!!!
 ガヴァヤの頭が床にめり込んだ。
 派手な赤いドレッド頭が、大理石の床に植えられた新種の植物のようであった。


 「・・・仕事に戻ろうか、リオン」
 「はい、王子!」
 「・・・妹のことになると、ほんっとに容赦ねぇなぁ・・・」
 かつての仲間にさえ手加減のない王子に、ロイはしみじみと呟いた。
 「ロイも、いたの?」
 「そういえば、ロイ君も今日はずっと王宮の中をウロウロしてますね?」
 「え!?お、あ、そ、それは・・・!」
 不思議顔でリオンに指摘され、途端にロイは顔を赤くして挙動不審になる。
 「ふぅん?」
 様子の怪しいロイに、すーっと王子が目を細めた。

 「
・・・ロイも、リムのチョコを狙っているのかな・・・?

 にっこりと王子は尋ねる。
 手に三節棍を握り締め。
 「ち、違ぇよ!お、おれはリオ・・・いやっ!えーっと・・・・!!」
 見に迫る危機に全力で否定しつつ、チラチラと横目でリオンを見る。
 が、リオンはその視線の意味に気づかず、ふと浮かんだ疑問を口にする。
 「でも王子。告白して全て成功するなんて有り得ません。
嫌いな人に告白されたらどうするんでしょう?」
 「!!」
 「・・・そうだね。例えば・・・
口が悪くて人を騙してばかりいるような悪人に告白されて、受ける女性がいるとも思えないし・・・って、どうかした?ロイ?」
 「な・・・なんでもねぇよ!!」
 ひっそりと傷つき、心で涙を流すロイ。
 「っつーか、もしかしてリオン、『バレンタイン』のこと・・・」
 「初めて聞きました!
 輝く笑顔で力いっぱい答えるリオンに、ロイは肩を落とした。
 「・・・やっぱり、そうか・・・」
 そしてそのまま、とぼとぼと王宮を出て行った。


 「どうしたんでしょう?ロイ君」
 「さぁ・・・?」
 ロイの寂しげな背中を見送り、鈍い主従が揃って首を傾げていると、ぱたぱたとした足音が近づいて来た。
 「兄上ーっ!!」
 「リム!?」
 走ってきた勢いのまま飛びつく妹を王子は抱きとめる。
 「探しておったのじゃぞ兄上!」
 「え?どうして?」
 小さい唇を尖らせ、リムスレーアはぶんぶんと腕を振り回す。
 「今日が何の日か兄上は知らぬのか!?今日は『ばれんたいん』じゃぞ!!」
 そう言うと、リムスレーアは手にした袋から特大のハート型チョコを取り出し、王子に押し付けた。
 「ミアキスから聞いたのじゃ。『ばれんたいん』は、好きな者にチョコを渡すのじゃ。これはリオンの分じゃ!」
 「え?私にもですか!?」
 王子の特製チョコと比べればかなり小さいが、可愛くラッピングされたチョコをリムスレーアはリオンの手に乗せた。
 「兄上のチョコは『大好きな人にあげるチョコ』じゃが、それは『さんくす・チョコ』じゃ!『ばれんたいん』には好きな異性にあげるチョコの他に、世話になっている者に渡すチョコがあるのじゃと。昔はそれを『義理チョコ』と言っていたらしいが、それでは言葉がさびしいので、ありがとうの意味を込めて『さんくす・チョコ』と呼ぶようになったそうじゃ」
 ミアキスにしては珍しく、今回は嘘を教えなかったらしい。
 単に、自分もリムスレーアからのチョコがほしかっただけかもしれないが。
 「ありがとうございます姫様・・・」
 「うむ!リオン、これからもよろしく頼むのじゃ!」
 感激の涙を浮かべるリオンに、リムスレーアは大きく頷いた。

 と。

 「この・・・床に奇天烈な頭をめり込ませているのは、兄上の仲間じゃった・・・ガヴァヤ殿か?」
 「リムちゃん!!!!」
 リムスレーアが床に埋まったオブジェを覗き込んだ途端、ガヴァヤが起き上がる。
 「あ・・・ああああ・・・噂通りの可愛さ・・・・こんなに近くで見れるなんて・・・・・っ!!!」
 「そ、そうか・・・」
 感激に男泣きするガヴァヤに多少引きつつ、リムスレーアは袋に手を入れる。
 「あの戦いの折、そなたにも世話になったそうじゃな。これはそのお礼じゃ」
 「そ、それは・・・!!」
 差し出されたチョコに、ガヴァヤはくわっと目を見開いた。
 その目から滝のように涙が溢れてくる。
 王子の抱えるほども大きなハート型のチョコなど、目に入らない。
 指先で摘めるような小ささでも、それは彼の待ち望んだチョコに間違いはない。

 「
リムちゃん!!!俺とけっごべあぁぁぁぁぁーっ!!!
 ガヴァヤの姿は、王宮の壁を突き抜けて彼方に消えていった。


 後日、王子殿下により、『好意のない異性に贈るチョコには、大きく”義理”と書くように』との通達が為されたそうである。
 
 
 2007.2.15

バレンタイン、間に合わず。

ガヴァヤが不幸。ロイも負けずに不幸だが。
でも、ロイはフェイレンにもらえるからね。
さんくす・チョコを知ったリオンは、来年チョコをくれるかもしれない。

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