■クリスマスケーキ

 食堂を満たす、甘い香り。
 甘いモノ好きならば、その香りだけで幸せな気分になれそうだ。
 が、椅子に座っている誰もが、一様にどんよりとした地の底にでもいるような表情を浮かべていた。
 甘党のゲオルグ・ミアキス・ベルナデットでさえも。
 その原因は、まさに厨房に甘い芳香を漂わせている、テーブルの上のケーキにあった。
 良く見ると、ゲオルグの肩が震えている。
 そして世にも情けない顔で、厨房の隅に積み上げられている食材に目をやった。
 真っ赤に熟した瑞々しい苺、キメの細やかな小麦粉、琥珀に輝く蜂蜜・・・・。
 畑の匠であるゲッシュが丹精を込めて作ったものか、あるいは交易のエキスパート・サイロウが取り寄せた一級品か。
 ゲオルグに魅惑の一時を味あわせてくれる・・・ハズだった食材。
 「あの・・・皆さん、今回のはどうでしたでしょうか?」
 厨房からそっと顔を覗かせたのが、このケーキの作者。
 ・・・ルセリナである。



 『クリスマスけーき、というモノを食べてみたいのじゃ!』
 いつものように、太陽のような笑顔で王子に抱きついてきたリムスレーアがそうねだったのが5日前。
 チーズケーキがケーキの主流であるファレナでは、普通のデコレーションケーキの方が珍しかった。
 頼みの綱であった料理長・レツオウは『甘いものは専門外ですので・・・』と言い、王子を落胆させた。
 唯一、『クリスマスケーキ』を作ったことがあると言ったのが、(寄りにもよって)ルセリナだったのは、王子への試練であったのかもしれない。
 小さいころに一度、母親と作ったという記憶だけでルセリナが再現したクリスマスケーキは、それはそれは見事な・・・極彩色のオブジェだった。
 白いエプロン姿の可憐なルセリナが作るとあって、最初は沢山の男たちが味見役を買って出てくれていたが、3日でほとんどの者がシルヴァの病室送りとなった。
 『プロポーズの言葉は、『君の作ったケーキを毎日食べたい』で決まりだぜ!!』とか言いつつ、後はサインするだけの婚姻届を持って来たガヴァヤでさえ、早々に戦線離脱している。
 カワイイ女の子大好きで、可愛ければ多少の欠点にも目を瞑るというカイルも・・・先ほどトイレに駆け込んで行き、そのまま帰って来ていない。
 レツオウの作る料理にすっかり慣れ、バロウズ邸でのケーキに塩を振って食べていたルセリナを失念していた王子は、自身も『”クリスマスケーキ”とはどんなものなのだろうか』と期待してしまっていた。
 そして奈落に落とされた挙句にコブラツイストを食らうが如き失望を味わった。
 こんなに破壊的珍味は・・・昔、リムスレーアが作ったというクッキーを食べさせられて以来だ。
 一口食べて表情の凍りついた王子に、リムスレーアは涙を浮かべた瞳で見上げ『・・・おいしくないのか?』と。
 可愛い妹を前にして、正直に『この世のモノとは思えないほどマズイ』とは言えず、王子は無難に『そんなことないよ』とだけ言った。
 そしてその後、満面笑顔になったリムスレーアに、『ではもっと食べるのじゃ!』と山盛り食べさせられ・・・。



 「王子!しっかりしてください!!走馬灯はダメです!!戻ってきてくださいっ!!!」
 リオンにがくがく揺さぶられ、危うく王子は我に返った。
 「あ、ありがとうリオン・・・。母上の抱擁まで回想するところだったよ・・・」
 息を吐きつつ、王子は汗を拭い、食堂に残った一堂を見渡した。
 歴戦の猛者たちが次々と倒れる中、残ったのは甘党代表・ゲオルグ・ミアキス・ベルナデットと、王子・リオンのみ。
 が、流石にそれぞれ疲労(主に胃腸)の色は隠せない。
 「こんなに匂いは甘いのに・・・どうして味は苦いんでしょうか・・・?」
 リオンの口から切なげな溜息が漏れる。
 その匂いと味のギャップがまた、精神的ダメージを与えているようだ。
 「リオン、君も辛ければ食べなくてもいいんだよ?」
 「いえ、大丈夫です!!」
 他の者同様病院行きになるのではという王子の不安をかき消すように、リオンは力いっぱいに答えた。
 「私、
苦行には慣れてます!!」
 「・・・・」
 リオンの言葉にフォローを入れられる者はいない。
 それどころか、同調するようにミアキスは何度も頷く。
 「私も姫様のためと思えば、これしきの
拷問で音を上げるワケにはいきませんですぅ!」
 握った拳を突き上げて見せた。
 それに苦笑しつつ、ベルナデットはある種感心したような溜息を吐く。
 「でも意外ですね・・・。このタイプの
攻撃が得意なのは、マリノさんだと思っていました・・・」
 唯一口を開かないゲオルグは、先ほどから肩を震わせたままだ。
 もしかしたら本気で涙を堪えているのかもしれない。
 「みなさん、お待たせしました」
 そこに、ルセリナが『クリスマスケーキ・試作品第25号』を持って現れた。
 「ねぇ、リオン?」
 正面を向いたまま、ケーキから視線を逸らさず王子は尋ねる。
 「はい?」
 「赤と白を混ぜたら、何色になるかな?」
 「はぁ・・・普通は、ピンクですね」
 「・・・そうだよね。緑色には・・・ならないよね。普通は」
 白い皿の上に載せてはあるが、それはどう見ても『残忍な冒険者になぶり殺しにされたモンスターの残骸』であった。
 苺や小麦粉をどう使ったらそうなるのか、凡俗の身には想像もつかない。
 「ルセリナ・・・今度のケーキには、ちゃんと砂糖使っているのかな?」
 おそるおそる、王子が尋ねる。
 「はい。一袋。」
 にっこりとルセリナは答え、空になった袋(砂糖5Kg入り)を見せた。
 「そ、そう・・・」
 引き攣った顔になんとか笑みを浮かべた王子の手に、そーっとリオンが胃薬を握らせた。
 

 
 「・・・王子・・・大丈夫ですか?」
 ふらりとよろけた王子を、慌ててリオンが支える。
 「ああ、ごめ・・・」
 言いかけて、王子は胃のあたりを押さえ込んだ。
 薬でなんとかやり過ごしていたが、それも限界が近いらしい。
 「殿下、いかが致しました?」
 異変に気づいた医師・ムラードが駆け寄って来た。
 「最近殿下が胃薬を常用してらっしゃるようなので、一言ご注進申し上げねばと思っていたのです。殿下、そもそも薬というものは・・・」
 ムラード医師に薬と人道を語らせると長い。
 とくとくと薬の有効性と危険性を訴える。
 「・・・ですから殿下。まずは胃痛の原因を特定した上でそれに応じた・・・」
 「いや、原因はわかっているんですけど・・・」
 王子は言葉を濁し、かいつまんで事情を説明した。
 「・・・そうでしたか。しかし意外ですね。ルセリナさんはとても記憶力が良い。それに几帳面でいらっしゃるので、調味料の分量を量り間違えることはないように思うのですが・・・」
 「そうなんですけど・・・ねぇ」
 ルセリナの有能さは誰もが認めている。
 それだけに、この味覚の面に突き抜けたダメっぷりは、実際に体感しないと信じられないモノだ。
 ・・・・体感した途端、後悔することになるんだが。
 「王子、ルセリナさんには申し訳ないですけど、やっぱり他の人を探しましょう。このままでは王子のお身体がもちません。それか、姫様に事情をお話して・・・」
 専属護衛として、これ以上溺愛する妹と忠臣・ルセリナの板挟みで苦しむ王子の姿を見ているわけにもいかない。
 しかし、王子は首を振る。
 「僕からルセリナに頼んだことなのに、今更そんなこと言えないだろう?」
 「でも王子・・・っ」
 悲壮な雰囲気を漂わせる主従。
 だが、その原因は一人の少女が作るケーキ。
 「もしや・・・」
 ふと、考え込んでいたムラードが口を開いた。
 

 
 翌日、何か解決策でも思いついたのかと思わず期待した王子だったが、ムラードはルセリナに軽い助言を与えただけのようだった。
 食堂に集まった者たちはそれぞれ、拷問だか攻撃だかに備えて薬を飲んだり遺書をしたためたりしている。
 「ムラードさん、何か考えがあるようでしたが、何を言ったんでしょうか?」
 こそこそとリオンが囁く。
 「わからないけど・・・信じるしかないんじゃないかな」
 もはや胃腸は限界値ギリギリ。
 他に王子が出来ることといえば、神に祈ることぐらいであった。
 「新しいケーキをお持ちしました」
 ルセリナの可愛らしい声に、そこにいる全員が死刑宣告を聞くような顔で振り返った。
 が。
 「え・・・・?」
 誰もが、思わず言葉を失っていた。
 白い皿に載っているのは、昨日の崩れたスライムの作者と同一人物が作ったとは思えない、白い宝石のようなデコレーションケーキだった。
 クリームに囲まれ、綺麗に並べられた苺の上に粉雪のように砂糖がふられており、散らした銀のアラザンがキラキラと光っている。
 いや、まだ油断は禁物。
 見た目が変わっても、中身はどうだかわからない。
 初めてルセリナのケーキを口に入れた時の衝撃は、王子の身体にトラウマとなって刻まれている。
 しかし。
 「・・・おいしい」
 「しかも・・・甘いです」
 信じられない、という風にベルナデットが呟いた。
 ケーキなのだから甘くて当然なのだが、ルセリナが『砂糖の味がするケーキ』を作ったのはこれが初めてだ。
 「・・・うまい」
 ここ数日、言葉を忘れたかのように黙り込んでいたゲオルグが、久しぶりに声を発したかと思うと、また肩を震わせた。
 今度は顔を伏せ、手で覆って。
 (泣いてる・・・!?)
 (ゲオルグ様が!?)
 (二太刀いらずのゲオルグ様が!!)
 今まで散々、失望をしてきた後であるだけに、この天上の美味に感極まってしまったらしい。
 「でも、一体、どうして・・・?」
 昨日まで、ルセリナのケーキは形も味もそれは凄まじいものだった。
 それが短期間でこうまで変わるとは。
 「簡単なことですよ」
 厨房から出てきたムラードが一つ頷き、王子の疑問に答えた。
 「料理も薬の調合も同じようなものです。正しい材料を正しい分量、正しい工程を経て混ぜ合わせる。ルセリナさんはとても記憶力の良い方ですから、作り方に間違いなど最初からなかったのです」
 「えー?でもぉ・・・」
 ミアキスは思わず口を挟む。
 目にも胃にもタイヘンよろしくない数々の作品は、今目の前にあるモノとは似ても似つかない。
 「それは、ルセリナさんのアレンジの結果でしょう。ケーキの飾りつけは、製作者のセンスによるものですから」
 「・・・え?ちょっと待ってください。ということは・・・?」
 さらりと言われた事に、ベルナデットは首を傾げる。
 「作り方に問題はなくて、今までのアレがアレンジの結果ということは・・・」
 全員が答えに行き着いて押し黙った。
 つまり、今まで屈強な戦士を病院送りにし、国内随一の精鋭である女王騎士でさえ薬漬けにしたあのケーキは、この目の前にある白いケーキの・・・成れの果て?
 (何をどうしたらこのケーキがあんな姿に・・・・っ!?)
 (っていうか、それってデコレーションって言うんですかぁ!?)
 (なんで飾りつけで味が変わるの!!?)
 当の本人を前にして、それそれの胸の内に湧く疑問は、答えを聞けぬまま押し込まれた。
 「でも、とりあえず・・・クリスマスには間に合ったね」
 王子はほっと息を吐く。
 いろいろあったが、これでなんとか、リムスレーアを悲しませずに済みそうだ。
 「良かったですね、王子!」
 リオンの言葉に、王子は心からの笑顔で頷いた。
 
 
 
 「へーそうだったんですかー」
 トイレの住人から脱したカイルは王子から話を聞き、安堵した様子で一緒に食堂に向かっていた。
 「いやもー・・・正直、どうなることかと思いましたよー。アレが人の食べられるモノになるとは到底思えなかったですからねー」
 しみじみとした口調でカイルは言った。
 「甘党のゲオルグたちのお墨付きだし、もう安心して食べられると思うよ」
 食堂にはすでにクリスマスツリーが飾られていた。
 レツオウ自慢の料理も盛り付けられ、その中央に出来上がったクリスマスケーキが用意されている。
 「これですかー!うわー確かに全然違いますよ!同じ人が作ったとは思えない!」
 「だろう?」
 なぜか、王子が自慢げに答えた。
 「しかも、イチゴのクリームなんですねぇ!」
 「そう・・・・って、え?イチゴクリーム?」
 言われて見れば、確かにクリームがピンク色になっている。
 しかし、昨日のケーキは真っ白な生クリームだったはずなのに・・・。
 「ちょっと失礼しまーす」
 「あ、カイルちょっと待って・・・」
 止める間もなく、カイルがクリームを指ですくい口に入れた。
 途端、表情が固まった。
 と、思うとどんどん赤くなり・・・。
 「ちょ、お、おうじ、ま、これっ!あああああああーっ!!!」
 絶叫をあげながら、カイルは駆け出して行った。・・・・トイレに向かって。
 「え?まさか・・・元に戻っちゃった?」
 「何が戻ったのじゃ?兄上ーっ」
 嫌な予感にかられる王子に、後ろからリムスレーアが抱き付いてきた。
 「あ、リム、悪いけどあのケーキ・・・・」
 言いかけた王子は、リムスレーアの姿に戸惑う。
 「兄上、似合うかのぉ?」
 白い割烹着に三角巾。ちょっとした若奥様風だ。
 「ああ、可愛いよリム・・・って、ちょっと待って」
 照れながら、王子の前でくるっと回ってみせるリムスレーアにほだされかけるが。
 「わらわもクリスマスケーキつくりを手伝ったのじゃ!」
 「ああ・・・やっぱり・・・・」
 同情を込め、王子は再びカイルが消えた方に顔を向けた。
 折角出てきたのに、またもやトイレの住人に逆戻りか。
 「やっぱりとは、流石じゃな兄上!わらわのすることはお見通しか!」
 言いつつ、リムスレーアは期待の眼差しで王子を見上げ、それに応えて王子は『エライエライ』と頭を撫でる。
 しかし。
 「リム・・・それは・・・?」
 良く見れば、その割烹着に点々と赤い飛沫が。
 「これか?」
 リムスレーアは染みの部分をつまみ上げる。
 「ルセリナは白いケーキを作ると言ったのじゃが、ただ白いだけではつまらぬと思うてのぅ。これで色をつけたのじゃ」
 そういってリムスレーアが取り出したのは。

 タバスコ。

 「のぅ、兄上。クリスマスには、良い子のところにサンタとやらいう白いヒゲの妖精がプレゼントを持ってくるそうじゃな。わらわは今日、ケーキつくりを手伝ったのじゃ。わらわのところにも、サンタは来るじゃろうか?」
 もちろん。王子は最愛の妹のためにプレゼントを用意し、サンタの衣装を着て今夜リムスレーアの部屋を訪れるつもりであった。
 が・・・。
 リムスレーアが心待ちにしているサンタクロースが、プレゼントを配り終える前に、腹痛で倒れることになろうとは。
 いや・・・こんなにも楽しみにしている妹をがっかりさせるワケにはいかない・・・っ!
 「・・・兄上?」
 様子のおかしい兄の姿に、リムスレーアは首を傾げる。
 「大丈夫だよリム・・・ぼく・・・いや、サンタは何があろうとも、リムの元に駆けつけるから!」
 どんな災難が(王子の胃を)襲ってこようとも・・・。
 「そうか!わかったのじゃ兄上!」
 リムスレーアの表情がぱぁっと輝く。
 この笑顔のために、きっと耐えてみせる。

 
 
 2006.12.25

メリークリスマス。

一難去ってまた一難な王子。
ルセリナ中ボス。
ラスボスはリム。
ルセリナは味音痴だけどね、不器用かどうかまではわからないと思う。

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