■まもりたいもの

 *またもや、王子疎開説が前提。



 見慣れぬ黒髪の少女がいた。
 着物はしっかりと帯を結び、身奇麗にしているが、その黒髪は伸ばし放題という感じで、赤い髪留めをしてはいるが前髪で顔も見えないような有様だ。
 王宮に出入りする下働きの娘のようだが・・・。
 少女は王子の父親であるフェリドに駆け寄ると、何かを差し出した。
 それを受け取ったフェリドは豪快な笑顔で、少女の頭をがしがしと撫でる。
 はたから見ると、それは少女の頭を掴んで乱暴に揺さぶっているかのようだ。
 だが、少女は・・・固く引き結んでいた口元に、笑みを浮かべていた。



 「・・・あれ、誰かなぁ?」
 偶然、そんな光景を目にした王子は、傍にいたカイルを見上げ尋ねる。
 「ああ、あの子はリオンちゃんですよ。王子の少し前に、王宮に来たばかりなんです」
 「・・・ふぅん」
 二人が見つめる中、少女はフェリドから離れ、またどこかへと駆け出した。その背に、フェリドが手を振っている。
 「リオンちゃんは、フェリド様が保護した子なんです。少し前まで施設にいたそうなんですが・・・馴染めなかったらしくて、王宮の下働きとして引き取られたようですよ」
 「・・・施設?」
 王子の問いにカイルが頷く。
 「王子はもう、この国で大きな戦争があったことは聞いてますね?その戦争で多くの子供が家を焼かれたり親を失ったりして、行き場がなくなってしまったんです。フェリド様は、そういった子供たちを育てる『家』を作られたんですよ」
 「じゃあ・・・あの子も・・・・」
 王子が表情を曇らせる。
 顔はよくわからなかったが、背はそう王子とも変わらないように見えた。
 多分、王子より二つ三つ年上なだけだろう。
 「王子、リオンちゃんが気になりますか?」
 王子に視線を合わせ、屈みこんだカイルがにーっと笑う。
 「うん・・・」
 「じゃあ、トモダチになってもらったらどうですか?王宮の中で王子と同じくらいの年の子はリオンちゃんくらいだし、俺は構わないですけど、王子は大人とばっかり遊んでもつまらないでしょう?姫様は・・・いろいろと忙しいみたいですしねー?」
 「・・・・」
 少し年の離れた妹は、長く離れて暮らしていたせいか王子に懐く様子はなかった。
 それどころか、話しかけても目を逸らし、答えようともしない。
 それに寂しさを感じているだろう王子を、カイルは気遣っているのかもしれない。
 「わかった。お願いしてみる」
 「がんばってください王子っ!俺、応援しまっす!」
 拳を握る王子に、カイルも同じく拳を握って激励した。



 「もうっ!待ちなさいってばっ!!」
 リオンが向かったであろう、女官たちが働く庭に向かった王子は、その声に足を止める。
 当のリオンは王子の前を横切り、声をかける間もなくどこかへと走って行ってしまった。
 「あーもうっ!また逃げられたわ!」
 呆気にとられる王子の後ろで、若い女官が地団駄を踏んでいる。
 「お前がそんなもの振り回すからだよ。あの子でなくったって逃げたくなるさ」
 「だって・・・!」
 恰幅のいい女官長は腰に手を当て諌めるが、若い女官の方はハサミを手にしたままリオンの消えた方角を睨んでいる。
 「・・・どうしたの?」
 「で、殿下っ!?」
 おずおずと声をかける王子に、立腹のあまりその存在に気づかなかった女官は畏まり頭を下げる。
 「さっきの子、リオンっていうんですけどね。あんなボサボサの髪で王宮をうろちょろしていたらみっともないって、あたしらがいくら言っても髪を切らせてくれないんですよ。押さえつけて切ろうとしても、スルッと逃げてしまうし」
 何度も逃げられているのか、かなり悔しそうな様子だ。
 「刃物が怖いようなんですよねぇ・・・。野菜の皮なんか剥かせたら、そりゃあ上手いものなんですが、女官が包丁なんて持って近づいたら、すごく怯えるんです。戦災孤児だって話だし・・・よっぽど怖い目にあったんでしょうねぇ・・・」
 子供を持つ身ゆえか、女官長は涙を浮かべるが、若い女官の方は「そうでしょうか?」と眉を顰める。
 「あたしはなんだか、気味が悪いですよ。いくらそーっと近づいたってすぐ気づくし、いつも無表情で目ばっかりギラギラしていて、まるで子供らしくないんだから。誰が何を言ってもにこりともしないし」
 肩を竦める若い女官に、リオンに同情気味だった女官長も言葉を濁す。
 「そりゃあ、確かにねぇ。あの子が笑うところなんか、見たことないけど・・・。でもそれだって・・・・」
 「戦争が終わってもう1年経ちますよ?いくらなんでも・・・」
 「・・・笑っていた・・・よ?」
 リオンへの不審を募らせる女官に、王子はぼそっと呟く。
 「えぇ!?」
 声を揃え、思わず聞き返す女官二人に、今度ははっきりと王子は言った。
 「リオンは笑っていた。笑わない子じゃ、ないよ」



 翌日再び庭に来た王子は、リオンが大きなタライに水を張り、野菜を丹念に洗っているのを目にした。
 一人で、黙々と。
 タワシを使って一つ一つ、丁寧に磨く様は、確かに女官の言うとおり子供らしくはなかった。
 普通の子供ならこんな仕事、早く片付けて遊びに行きたがるはず。
 それなのに、リオンは時を惜しむ様子もない。
 その姿に物悲しさを感じ、すっかり声をかけるタイミングを失ってしまっていた。
 「・・・誰」
 リオンが顔を上げる。
 王子は何歩も離れた場所に立っていたというのに、その気配にずっと気づいていたらしい。
 「ごめん・・・ずっと見ているつもりはなかったんだけど・・・」
 気まずそうに近づいていく王子に、リオンは身を固くする。
 前髪の奥で、王子の挙動全てに神経を尖らせているのを感じた。
 「恐がらないで。僕は・・・・」
 注意深く観察していたリオンの目が、王子の左耳で止まる。
 「・・・フェリド様の」
 「え?ああ、これ?」
 視線に気づき、王子が左耳のピアスに手をやる。
 「父上とお揃いなんだ。これは」
 にこっと王子が笑った。
 リオンが少しだけ緊張を解く。
 「フェリド様の・・・・子供」
 「うん」
 こくっと頷いて、王子はタライの前にしゃがみ込む。
 「手伝ってもいい?」
 会話のきっかけを掴もうと、そう言う王子にリオンは首を振った。
 「私の、仕事」
 短く言って、リオンは再び野菜を洗い始めた。
 「でも、まだこんなにあるよ?」
 王子は脇に詰まれた野菜に目をやる。
 泥まみれの野菜をあんな風に丁寧に洗っていては、日が暮れてしまう。
 「二人でやれば、早く終わるし、遊びに行けるでしょ?」
 「・・・私は、遊びに行かない」
 暗に『一緒に遊びに行こう』と誘いかけるが、あっさり断られた。
 「どうして?」
 王子の問いに、リオンは不思議そうに王子を見る。
 「・・・どうして?」
 王子の言葉を繰り返し、僅かに首を傾げた。
 「なぜ、遊びに行かなければならないの?」
 そう問い返された王子は、途方に暮れたような表情で言葉を失った。



 「うーん・・・・」
 思わず、らしくない唸り声が漏れる。
 何度か失敗しているものの、今日もめげずにリオンを誘いに来た王子は、やはり返せる言葉が無くなって、黙々と野菜の皮を剥いているリオンの傍に、置物のように足を抱えて座り込んでいる。
 リオンはそんな王子などまるでいないものかのように、己の仕事をこなしている。
 だが、言葉は短く、素っ気無いがこうして傍にくる王子を追い払おうとはしない。
 唯一、リオンがフェリドにだけは心を許していることはわかった。
 王子がフェリドのことを話すと、リオンの表情が和らぐ。
 それだけで、未だ笑顔を向けることはないリオンでも、いつかは心を開いてくれるのではないかと思えた。
 問題は・・・どうしたら心を開いてくれるか、で。
 あれこれと考えを巡らせていた王子は、いつの間にかリオンが手を止め、庭の先に神経を集中させているのに気づいた。
 「・・・・何?」
 「誰か来る」
 澄ました王子の耳に、微かに数人の男の笑い声が届いた。
 「陛下には困ったものですなぁ?」
 「いやいや、まったく・・・」
 聞き覚えのあるその声に、王子の表情が強張る。
 いつも影で王子を『厄介者』と罵っている貴族の連中だ。
 気位の高い貴族が、こんな所に来るはずがない。
 誰かに聞きとがめられることなく、後ろ暗い話が出来る場所を探して来たのだろうか。
 「リオン、隠れよう!」
 「どうして・・・?」
 答えず王子はリオンの手を引き、影に隠れる。
 「何をお考えなのでしょうなぁ?陛下も意味のないことをなさる」
 それと同時に、男たちの影が庭に現れた。
 「王位継承権のない王子を呼び戻して、何になるというのか。まったくもって理解に苦しみますなぁ?」
 「ええ、本当に。それに・・・聞きましたか?なんでも、妹君であるリムスレーア様にも疎まれておいでだとか。まぁ、無理もない話ですがなぁ?王家の男子など、王宮にいても・・・邪魔なだけですから」
 一際大きな笑い声が上がり、ビクッと王子が身を竦ませた。
 唇を噛み、ただ一心に早くこの男たちがどこかに行くようにと祈った。
 「・・・王子」
 細かく震えていた手をリオンに握り返されて、王子は我に返る。
 「王子は、あの男たちが嫌い?」
 「・・・え?」
 身を寄せ、間近く見るリオンの目には、冷たい光が宿っていた。
 すぅっと、流れるようにリオンが動いた。


 「なっ!?なんだお前は!?」
 突然物陰から目の前に現れたリオンに、貴族たちが驚く。
 「汚い娘だな。なんでこんな娘が王宮に・・・・」
 馬鹿にしたように見下す貴族を、リオンは静かに見上げる。
 その手には、ナイフが握られていた。
 一瞬にして、王子の血が凍る。

 「ダメだリオンっ!!!」

 飛び出した王子の叫びに、貴族たちがぎょっと目を剥く。
 リオンはただ、男たちの前に立っていた。
 なのに王子の心臓は、ばくばくと胸を打ちつけている。
 貴族たちはワケがわからず、呆気に取られて王子とリオンを見比べていた。



 それから、数日が経った。
 あれ以来、王子はリオンのところに行っていない。
 自分でも、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
 あの時、王子は『ダメだ』と叫んだが、どうしてそう言ったのかさえ、わからない。
 ただ、止めなければならないと思ったのだ。
 自室の窓から空を眺め、自分の心の内に湧き上がった思いを必死に打ち消そうとしている。
 ・・・怖かったのだ、リオンが。
 そしてリオンを怖いと思った自分を否定する。
 (怖いはずがない・・・だってリオンは・・・・)
 ふと、王子は自分を見上げる影に気づいた。
 王宮の庭から、見上げる黒髪の少女。
 僅かに視線を合わせたあと、リオンは駆け出して行った。
 「リオン!!」
 呼びかけにも振り返ることのないリオンに、王子は部屋を飛び出した。



 「リオン・・・!!」
 庭にたたずむリオンに、王子は駆け寄る。
 「ごめん・・・リオン」
 ゆっくりと振り返ったリオンに、王子は詫びた。
 「王子・・・」
 リオンは静かに王子を見つめ返す。
 「・・・王子も、私が怖いんでしょう?」
 『王子”も”』。
 王子はそれを、ぶんぶんと頭を振って否定する。
 「怖く、ないっ!!」
 リオンには、確かに得体の知れないところがある。
 王子が止めなかったら、あの貴族の男たちに何をしたかわからない。
 けれど。

 「だってリオンは、僕を守ろうとしてくれたんだもの・・・っ!!」
 
 それなのに、自分はリオンから逃げようとしてしまった。
 またリオンを、一人にしようとしてしまった。
 自惚れでしかなかったかもしれないけど、フェリドだけでなく、自分にも心を開かせられると思っていたのに。
 「ごめん・・・・ごめんなさい・・・・」
 ぼろぼろと涙を零し、詫びた王子は、それから無理矢理に微笑んで見せた。
 「ありがとう、リオン・・・」
 「・・・・」
 リオンは何も言わない。それでもいい。
 今は、それでも。
 「・・・だけどリオン、もうあんなことしちゃだめだ」
 王子は『何を』とはっきり言わなかったが、リオンは素直に頷いた。



 「王子・・・」
 何を思ったか、リオンは足元にあった花を摘み取り、王子に差し出した。
 「あげます。王子」
 「?・・・ありがとう?」
 ワケがわからないまま受け取った王子に、リオンは言った。
 「フェリド様は、これをあげると、笑ってくれます」
 (ああ、だから・・・)
 「うん、ありがとう。リオン!」
 にこっと、王子が笑う。
 そして王子は、同じように花を摘み、リオンの手に握らせた。
 リオンを試すように。
 ぎこちなく、リオンが頬を緩める。
 少しずつ。少しずつ。
 リオンは、変わっていく。
 
 

 2006.11.4

リオンと王子の過去話。
長い・・・・思いついてから書き始めるまでが、いつも長いよ・・・っ
と自分を叱咤してみる。

ラストで王子にリオンの髪を切らせるつもりだったがやめた。
うん。子供が刃物持っちゃダメよ。

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