■仕事の報酬■


 早朝、まだ日も昇ったばかりという時刻に、銀髪の麗しい王子の姿は本拠地離れにあった。
 「あれー?おはようございます王子。早いですねー」
 金髪の自称・美形不良騎士がその姿を見つけ、欠伸を噛み殺して挨拶する。
 「おはよう、カイル。・・・・って、カイルの部屋、ミアキスの隣じゃなかったっけ?」
 王子が今いるのはセーブル・ロードレイクなどの義勇軍が居住している階で、この男の部屋は同じ女王騎士であるミアキスと同じ、下の階にあるはずなのだが・・・?
 「あはは〜王子、野暮なことは聞いちゃダメですよー?」
 カイルはチッチッと舌を鳴らして片目を瞑って見せた。
 あまり自慢できる理由ではないらしい。
 とりあえず、王子は素直にうなずく。
 「王子こそ、こんな時間にどちらへ?あ、ノーマちゃんに会いに?ダメですよー、あの部屋にはエルンスト君もいるんですから。もしかしてジョセフィーヌちゃん?ちょっと個性的だけど、カワイイですよねー。」
 この男の頭の中では、女に会いに行くという考えしか思い浮かばないらしい。
 「そうじゃないよ、ロイのところに・・・・」
 苦笑しながら王子が言えば、
 「ああ!フェイレンちゃん?可愛いですよねー。元気もいいし。でもねー王子、俺は美少女ならビッキーちゃんも捨てがたいと思うんですよねー。あの、ちょっとボーッとしたところが逆に・・・・」
 見事なまでに、話が女の子のことにしか直結しない。
 「・・・ゴメン、カイル。そういう話はまた今度。約束があるんだ」
 放って置くといつまでも女の子の話で勝手に盛り上がりそうなカイルを残し、王子はさっさと元山賊たちのいる部屋に行くことにした。



 遠慮がちにノックしたが、返事がない。
 「・・・・ロイ?」
 声をかけつつ、ゆっくり扉を開き、中を覗く。
 カーテンをしたままの薄暗い部屋には、それぞれのベッドにシーツに包まった山が、規則正しい上下を繰り返している。
 まだ睡眠中のフェイロン・フェイレンに気を配りつつ、王子はロイのベッドに歩み寄り、その身体を揺り動かす。
 「ロイ・・・・」
 「・・・んあ?」
 鬱陶しげにロイが片目だけを開け、安眠の邪魔をしたのが王子だとわかると、イヤーな顔をする。
 「っんだよ・・・・こんな時間によー?」
 「あれ?約束忘れた?待ってても来ないから、起こしに来たのに・・・」
 「約束ぅ〜?」
 言われて、ロイは寝ぼけた頭で記憶を反芻する。
 「・・・・あれか」
 どうやら、思い出してもらえたようだ。
 王子は嬉しそうな顔でにこーっと笑い、それを見たロイは世にも情けない顔をする。
 「けどお前・・・・こんな朝早いなんて聞いてねぇぞ・・・?」
 「そうだっけ?でもあまり遅いと、人が集まってきちゃうんだ。それとも、今日は止めにして明日からにする?」
 「あーっムカつく!お前、俺の意思がそんなに軟弱だと思ってんのかよ!?」
 ロイは布団を跳ね除け、ベッド脇に置いた自分の武器を取る。
 「ホラ行くぞ!足腰立たねぇようにしてやるからなっ!?」
 「できるものならね?」
 ロイの威勢のイイ言葉を、王子はあくまでも柔和な笑顔で受けて立つ。
 「だーっ!お前のそういうところが俺は・・・っ!!」
 「・・・ロイぃ?」
 「なにしてんの二人で・・・・」
 物音に目を覚まし、寝ぼけ眼でフェイロンとフェイレンが布団から顔を出していた。
 「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
 「お前等はいいんだよ!まだ早いんだからもっと寝てろ!」
 似た顔、似た声の二人だが、そこから吐かれる口調は正反対。
 ぼやーっとしたまま、フェイロンとフェイレンは顔を見合わせる。
 「さっさと行くぞ!」
 「ゴメン。邪魔したね」
 不機嫌な顔のロイと笑顔のままの王子が出て行くのを見送り、フェイレンは呆然とつぶやく。
 「・・・なに?一体?」



 「ふんふんふ〜ん♪今日の朝ごはんはなんでしょぉ〜?」
 スキップでもするかのような足取りで、ミアキスは食堂に向かう。
 彼女のお楽しみは、朝食そのものより食後に出されるデザートの方だ。
 「・・・あらぁ?」
 軽やかなジャンプと共に食堂に到着したミアキスは、その人の少なさに首を傾げる。
 この時間ならすでに混雑しているはずなのに、ニケアを含め数人しかいない。
 「みなさん、今日はお寝坊ですねぇ〜?」
 「違いますよ、ミアキス様」
 厨房から料理長であるレツオウが顔を覗かせ、苦笑する。
 「みなさん、船場のある広場に集まっているみたいで」
 「え〜?なんでですかぁ?」
 「なんでも、王子殿下とあの影武者の・・・ロイくん、といいましたっけ?何週間か前から、早朝に二人が稽古をしてらっしゃるそうなんですよ。それを聞いたら、みんな・・・特に、女性の方々なんて走っていっちゃいまして。リンファさんなんか、もの凄い形相で駆けて行きましたよ」
 思い出し笑いしながら、レツオウは言った。
 が、厨房を振り返り、困ったように眉を寄せる。
 「けれど、このままでは折角の料理が冷めてしまう・・・早く戻ってきてほしいのですが・・・」
 「じゃあ、私がみんなを呼んできますねぇ?ちょっと行ってきますぅ」
 はいはいと手を挙げ、ミアキスは踵を返して広場の方に向かった。



 レツオウの言うとおり、普段は兵士の訓練に使わせている広場には、たくさんの人が・・・特に女性が集まっていた。
 人だかりの視線の先には件の美少年二人がおり、互いの武器を打ち合わせている。
 その背に様々な応援の言葉が投げかけられているが、

 「きゃー殿下ーっ!!ステキですーっ!!」
 「ああんっロイ君!!カワイイ〜!!」

 純粋に応援しているとは思いがたい嬌声が含まれているようだ。
 当然のように、その黄色い声の一団の先頭にいるのはリンファと、同じ年頃の女性たち。
 その集団の端には頬を染めて、祈るように二人を見つめているルセリナの姿もあった。
 「はぁ〜スゴイ人気ですねぇ」
 確かに、見目麗しい少年二人が汗を流し、己の技をぶつけ合う姿はなかなかの見物である。
 すでに何時間もそうしているのか、二人とも疲弊しており、苦しげに息をつく様子がまたなんとも言えず、それを見守る女性達からは熱っぽい溜息が漏れたりしている。
 王子の技は洗練され、それが自体がまるで舞のように美しいが、ロイの技は荒削りで大雑把。しかし思いもよらないところでフェイントをかけ、鋭い一撃を放ってくる。
 二人の力は五分五分といったところか。
 いや若干、王子が勝っている。
 王子が余裕とも思える笑みを浮かべているのに対し、ロイの方は堅く口を引き結び、歯を食いしばっている。
 だがそれ以上に、別の部分でロイの方が消耗しているように見えるのは・・・気のせいか?
 歓声・嬌声にかき消されて聞こえないが、二人は何かを言い合っている。



 「・・・畜生・・・っ!」
 「・・・僕はそんな言葉使わない!」
 「お前なぁ・・・っ!」
 「『その方』!」
 「だーっ!もう面倒くせぇっ!」
 「『その方、約定を違えるつもりか?その方の意思とは、この程度のものであったか』」
 「がーっ!!その言い方、本気でムカつくっ!!」
 「ムカつこうがなんだろうが、こういうものなんだけど・・・」
 


 「ああん、も〜っ!何言ってるのか聞こえません〜っ」
 地団太を踏み、ミアキスは人を掻き分け、一番見やすいと思われる場所にいるリオンとサイアリーズの場所までたどり着く。
 「あ、ミアキス様」
 「おはようさん。あんたも見物かい?」
 「いえ、そういうんじゃなかったんですけど・・・・コレ、なんなんですかぁ?」
 「見てのとおりさ、武術の稽古。だろ?」
 「ええ〜?」
 ミアキスの明らかな疑惑の眼差しに、サイアリーズが吹き出す。
 「なーんかね、訓練してるんだってさ。『影武者』の」
 「影武者の・・・・ってことは、王子の真似する訓練ですかぁ?」
 「そういうこと、らしいよ」
 言って、サイアリーズは胸の前で腕を組む。
 「・・・敵もそろそろ、本気でこっちを潰しに来るだろ。そうしたら、あの子を知ってる女王騎士や将軍が出てくるかもしれない。顔は似てるけど、そういう奴等も騙しきれるかわからないから・・・ってことらしいけど」
 「熱心ですね、ロイ君。王子のために、そこまで真面目にやってくれると思いませんでした」
 リオンは素直に感心しているようだ。
 それを横目で見つつ、サイアリーズは息を吐く。
 「・・・だったらいいけどねぇ?」
 「え?どういうことですか?」
 含みのある視線にも気づかず、リオンは目を瞬く。
 「そうですよねぇ?あのロイくんが、そんなマトモな理由でこんなコトしませんよねぇ?」
 うんうん、とミアキスもしたり顔で頷く。
 何度もロイに騙されかけ、辛うじてそれを回避しているミアキスは、何かウラがあると踏む。
 「え?え?」
 サイアリーズ、ミアキスに左右から意味ありげな視線を向けられ、ワケがわからないリオンは困惑したように、交互に二人の顔を見合わせた。


 
 「あークソっ!眠ぃーっ!!」
 疲労と睡魔でフラフラになったロイが、ついに地にへたり込んだ。
 「ロイ、僕はそんな・・・」
 「だーっ!!休憩休憩!それも休憩だっ!」
 またも口調を正されそうになったロイは、ヤケ気味に両手を振って言った。
 笑いながら頷き、王子も近くに腰を下ろす。
 「でもスゴイな、ロイは。技のタイミングも合うようになってきた。王宮の言葉も覚えるの早いしね。・・・頭に血が上ると、地に戻るみたいだけど」
 くすくす笑う王子に、半ばうんざりとした顔のロイは天を仰ぐ。
 「あんたさぁ・・・こんな朝っぱらから激しい運動して、疲れねぇワケ?」
 「疲れるよ?僕も人間だし」
 「だったらさぁ、明日からもー少し遅い時間にしねぇ?」
 「でも、やることは他にもいっぱいあるし。あ、でも・・・・」
 ふと顔を上げ、自分たちを取り囲み注目している人だかりを見回す。
 「・・・明日からは、場所を変えなきゃね。恥ずかしいから誰にも言ってないのにな。ランたちにも口止めしてたのに・・・なんで見つかっちゃったのかなぁ?」
 「・・・・」
 何千もの軍を束ね、存在そのものが注目の的のクセに、この程度の観衆が恥ずかしいのか。
 のほほんとした顔で笑っているこの王子の頭の中は、ロイには理解不能だ。
 「今日はちょっと時間過ぎちゃったから、そのせいかな?」
 訓練終了の雰囲気を読み取った観衆たちは、それぞれ名残惜しげに、または興奮冷めやらぬ様子で戻っていく。
 「王子〜お疲れさまですぅ〜」
 ぶんぶんと、元気よくミアキスが手を振っている。
 その横でリオンも小さく手を振る。
 笑顔で手を振り返す王子から、ロイはぷいっとと顔を背ける。
 「あーっ腹減った!メシだメシ!!」
 苛立ちを隠すことなく立ち上がり、一人でさっさと食堂に行ってしまったロイに、置いていかれた王子は困惑顔で首を傾げた。



 「絶対おかしいですぅ!きっと何かあるに違いありませぇんっ!」
 「・・・ミアキス。行儀悪い。」
 いきなり立ち上がり、フォークを手に掲げて言い放ったミアキスに、王子は静かに注意した。
 王宮では、晩餐以外で大勢の人間と一緒に食事を取ることのなかった王子だが、この賑やかな雰囲気が楽しく、みんなと一緒に食事をとるようになっていた。
 「でもでもぉ、やっぱり気になりますぅ!なんで急に、そんなこと言い出したんですかぁ?」
 おとなしく椅子に座りつつも、ミアキスは王子の方に身を乗り出す。
 「僕に聞かれても・・・・」
 「ロイくんは、元々王子の影武者をする約束でここに来ているんですよ?その練習をするのは、普通じゃないですか?」
 ミアキスの勢いに押されがちな王子に代わり、リオンが言う。
 しかし、

 「リオンちゃん、甘いですぅ〜〜〜っ!!」

 ぐわっと顔を近づけ、ミアキスが言った。その手には、ポテトを突き刺したままのフォーク。
 「は、はぁ・・・・」
 「王子に姿が似ているのをいいことに、王子に成りすまし、博打で借金を作る!ビーバーさんをいじめる!女の子を口説く!その悪行の数々、調べはついていますぅ!!」
 「・・・・目安箱、見たんだ」
 一応、鍵がついているのになぁ?という王子のつぶやきには聞こえないフリをする。
 「でも、悪行っていうほどでも・・・・」

 「殿下!何をおっしゃるのでありますかっ!」 

 声に驚いて振り向けば、軍人気質で実直・真面目なシウスがいる。
 「最も規律を重んじねばならぬこの城で、賭博が行われているというだけでも嘆かわしいというのに、借金を作りあまつさえそれを王子殿下の負債にするなど言語道断であります!!」
 「そうです殿下!」
 涙さえ拭い訴えるシウスの横には、これまたいつの間にそこにいたのか、セーブルの猛将・ダインが。
 「殿下の温情を無にするかのごとき所業です!これがビーバー族との不和の元になれば、軍は分裂してしまうかもしれません。もしや彼はアーメスと内通して・・・」
 「いや、それは考えすぎだよ。ロイも悪気があってやってるんじゃないと・・・」
 「ダメです殿下・・・・っ!」
 鬼神のごとき形相でぶつぶつとつぶやき出したダインを押しのけるようにして現れたルセリナが、すがりつかんばかりの様子で訴える。
 「殿下は・・・・誰彼構わず女性を口説くような、不誠実な方ではないと私は知っていますけど、このままでは・・・殿下にお声をかけていただいたと誤解した女性が・・・・・その・・・・・殿下を・・・・・殿下を・・・・っ!」
 徐々に声は小さくなり、それとともに頬も赤く染まっていく。
 その瞳は潤み、いまにも大粒の涙を零そうとしている。
 二人の男と一人の少女、それぞれに熱く訴えられ、情けない顔で王子は周りに助けを求める。
 「・・・まぁ、そーいうワケだからさ、なんとかした方がいいんじゃないかい?」
 サイアリーズが可愛い甥っ子の窮地に見かね、そう言った。
 
 
 
 場所を王子の部屋に変え、早速作戦会議が開かれた。
 王子を囲むようにして、ミアキス・サイアリーズ、それにカイルまでがいる。
 リオンはその場のノリについていけず、所在無げにちょこんと離れた椅子に座っている。
 「まぁ、影武者が似てないってのも問題あるけど、味方も騙されるくらい似すぎってのはマズイかもしれないねぇ」
 「今まででも十分見分けがつかないって人がいるのに、なんで今更、もっと似ようとするんですかねー?」
 「だからぁ、そこに絶対何かあるんですぅ!」
 三人に取り囲まれた王子は、リオンに困った顔をして何か目で訴えているが、流石に王子専属護衛であるリオンでも、この三人が相手では分が悪い。
 「・・・味方でもまだ騙されない人がいるから、もっと完璧になりきれるようになりたい・・・・んだって。」
 口止めされたことではないが、なんとなく言ってしまうのが後ろめたく、王子は言って顔を伏せた。
 「へえ〜リオン以外に、まだいるのかい?」
 感心したようにサイアリーズが言う。
 「ってことはぁ・・・サイアリーズ様は騙されちゃったんですかぁ?」
 「うっさいね」
 からかうように言われ、サイアリーズはちょっとスネる。
 「最初だけ気づかなかったんだよ。けど、ちょっとヘンだなぁと思って・・・・ああ、でも最初気づかなかったんだから、やっぱり騙されたことになるのかい・・・」
 頭を抱え、本気で落ち込んでいる。
 普段から王子を可愛がり、血も繋がっているのだから悔しさもひとしおだろう。
 「わたしはまだ騙されてませんよぉ〜?」
 「あんたは、こっちに来てまだそんなに日が経ってないだろ?」

 「あ、俺もわかりますよー」

 申し訳なさそうに、カイルが手をあげた。
 「カイル殿もわかりますかぁ?」
 「やっぱり、王子とは目が違うんですよねー」
 「あ、わかりますぅ。色が違うっていうだけじゃなくて、目つきが違うんですよねぇ」
 盛り上がる二人の脇で、サイアリーズがさらなるショックを受けてテーブルに突っ伏した。
 「王子の目は、子供みたいに純粋で、こう後ろから羽交い絞めにしたくなるんですぅ
 「ロイくんはなんていうか、目つきがエロ・・・いや、艶っぽいんですよ。きっと年上キラーですね。注意しなきゃなー」
 「一番違うのは、笑顔ですよねぇ。王子はほんわかしてて、見てるとほっぺたつねりたくなっちゃいますぅ〜
 「そうそう。ロイくんの笑顔は、いかににも腹黒いっていうか、何か企んでますってカンジで逆にわかりやすいという・・・」
 「行動とか見ても、やっぱり別人ですよねぇ。ロイくんには気品がありませんよぉ。動作全てに卑しさが滲み出てますぅ
 「王子は、戦闘では凄い集中してるけど、それ以外ではどこかボーッとしてて危なっかしいんですよ。でもロイくんは常にあたりを警戒してますよね」
 「道端に落ちている硬貨は絶対見逃さないってカンジですぅ」
 「王子は自分で硬貨を落としても、スリにあっても気づかないタイプですし、正反対ですねー」
 「・・・・」
 密かに傷ついているらしい王子に気づかず、二人はあははーっと笑い合った。



 「・・・・ヒデぇ言われようだな」
 タイミング良く、本を抱えたロイが入ってきた。
 ノックをしないのはいつものことだ。

 
「調度いいところに来ましたぁ。さっさと吐いちゃってください〜」

 いつの間に移動したのか、ロイの背後にミアキスが迫っていた。
 「な、なんだよ!?何を・・・」
 「とぼけでもダメですぅ〜。さぁ、何を企んでいるんですかぁ?」
 咄嗟に持っていた本を盾にしてロイは身構える。
 「ミアキス、ちょっと待ってーっ!」
 慌てて王子が間に止めに入る。
 「こ、この本、返しに来てくれたんだよね?ありがとうっ」
 「あ、ああ・・・」
 話題を切り替え、ロイを逃がす作戦のようだ。
 「なんだい?その本?」
 サイアリーズが興味を持ち、指差す皮表紙の本は、かなり分厚く大きい。
 「これは、『帝王学』の本。ロイが興味あるっていうから」
 「へぇ・・・・」
 意外だと言わんばかりの感心ぶりだ。
 「・・・・らしくねぇとか、思ってるんだろ」
 「そ、そんなことありませんよ!スゴイですねロイくん。そんな難しい本・・・」
 リオンが言うと、照れたようにロイは横を向いた。
 もしかして、本気で影武者になりきろうと努力してるのか?と思わされる。

 その時。

 「あー、王子殿下?こちらにいらっしゃいますかねぇ?」
 軽いノックの後、顔を覗かせたのは真実報道が基本の熱きジャーナリスト・テイラーだ。
 「取材のお約束、してましたよねぇ?今、お時間いただけやすか?」
 「あ・・・・そういえば、そうだったね」
 思い出し、部屋を見回す。
 「ああ、そんな。今すぐになんて言いません。お忙しいってんなら、また今度でも・・・」
 「いや、いいよ。そんな大事な話をしていたワケでもないし、ねぇ?」
 振り返り、部屋にいる者たち、特に小太刀を振りかざしている女王騎士に向けて言う。
 「なんの取材だっけ?」
 「次の特集は、こちらの軍にいる女王騎士様について書きたいんですよ。それで、殿下の女王騎士に対する信頼とか、そのへんを熱ぅーく聞かせていただけたらと思いまして・・・・」
 すでに手帳を取り出し、取材の構えだったテイラーだが、部屋にいるメンバーの顔を順に眺めて「うーん」と唸る。
 「当の女王騎士様方がいる前じゃあ、殿下も話しにくいですよねぇ?下のあっしの部屋にご足労願ってもいいですかい?」
 「えー?俺も聞きたいなーっ。王子が俺たちをどう思ってるのか」
 「それは次回の黎明新報をお楽しみにってことで、スイマセンね」
 ちゃっかり売り込みも忘れずに、テイラーはカイルの同席を断る。
 「あ、王子、私は・・・」
 王子がテイラーに連れられ、部屋を出ようとするのに慌て、リオンも席を立つ。
 「ああ、スイマセン。リオンさんも遠慮してもらえませんかねぇ?報道室ってのは極秘の書類も多くてねぇ」
 「でも・・・っ!」
 「大丈夫だよ、リオン」
 護衛として食い下がろうとするリオンを安心させるように、王子は言う。
 「ここは城の中だし、危ない事は何もないよ」
 「そう・・・ですか?」
 リオンはしょんぼりと肩を落とす。まるでお留守番を言いつけられた小犬のようだ。
 「叔母上、ミアキス。あの話はまた後で。・・・じゃあ、行きましょうか」
 「殿下、この間聞けなかった例のお話もお願いしますね?」
 「例の話?なんだっけ?あ、ロイ、悪いけどその本、ルクレティアのなんだ。悪いけど返してきてくれる?」
 「お、おう」
 王子が部屋を出て、その中にロイが残ればまたミアキスの尋問が始まってしまう。
 ロイも慌てて、王子の後を追うように部屋を出た。



 「へぇ・・・カイル殿には、そんなお話が・・・」
 テイラーはふんふんと頷きながらすばやくメモにペンを走らせた。
 王子を座らせた椅子の前には、口の滑りを良くするためにか、飲み物が置かれていた。
 事前に調査し、王子好みの茶菓子も用意しているあたり、抜け目ない。
 その効果もあってか、先ほどから聞かれることは素直に答え、王子は機嫌よく取材に応じている。
 「それでは、ですね殿下・・・・例の話なんですが」
 確信に迫る、という雰囲気でテイラーは身を乗り出した。
 「・・・なんだっけ?」
 「いやですねー殿下。とぼけないでくださいよー」
 あははーと冗談っぽく笑いながらも、目はぎらぎらと光らせる。
 「殿下のそばには、ずっとリオンさんがいましたからねー。聞こうとしても、すぐにリオンさんに止められちゃって。でも今はいない!
殿下!!ズバリ、どうなんですかっ!!?
 「ど、どうって・・・・?」
 ずずいと近づいてくるテイラーの顔に、王子が仰け反る。
 「初めて殿下にお会いした時もリオンさんに止められて聞けませんでしたけどね、今日こそ聞かせてくださいよ。どうなんです?護衛ってのは、どこまでやってくれるんですかね?」
 なんだか、目が血走っているようにも見える。本当にコレは、取材なのだろうか?
 「どこまで・・・って・・・・?」
 王子はとぼけているワケでも、焦らしているワケでもなく、本気でテイラーの質問の内容がわかっていないらしい。
 うーんと唸り、テイラーは聞き方を変える。
 「じゃあ、具体的に聞くとですねぇ・・・・寝るときはどうですかい?」
 「控えの間にいるよ。何かあると、すぐ来てくれる」
 王子はすらっと答えた。
 なるほど、とテイラーは頷く。こう聞けばいいのか。
 「その控えの間ってのはどこにあるんですかねぇ?あっしはリオンさんがそれらしい部屋に入るところを見たことねぇんですが?」
 「僕の部屋、ベッドの横に仕切りがあって、そこでいつも休んでるよ。リオンは僕より早く起きて、後で起こしに来るから、そこにいるって知らない人は多いみたいだね」
 「そうなんですかい!?」
 ある種の爆弾発言を、いとも簡単に答えてくれる王子に、テイラーの方が面食らう。
 テイラーはガリガリと力強くペンを走らせ、ぐるぐると二重丸で囲んだ。
 黎明新報はその手のゴシップを扱うことはないので、テイラーがそれを記事にすることはないだろうが、もの凄い特ダネを掴んで興奮しているようだ。
 「それじゃ、リオンさんは王子と同室って言ってもいいくらい、近くにいる、と」
 「そういうことになるのかな」
 ほんわりと笑顔で肯定し、王子はカップを傾けた。

 ガタッ。

 「・・・ん?」
 「それじゃあ・・・・って、殿下、どうかしました?」
 「いや・・・今、音がしなかった?」
 王子は乱雑に積み上げられた本のあたりに視線を向ける。
 「ああ、スイマセンね、どうも。散らかってますからねぇ。ああ、気にせず続けましょう。あとで片付けますからっっ!
 「う・・・うん」
 王子の口の滑りが良くなっているこの機会を逃すものかと、テイラーは捲くし立て王子の視線を戻させる。
 「続きですけど、殿下の着替えの用意・・・なんかも、リオンさんに手伝ってもらってやすか?」
 「王宮では、身支度は女官に手伝ってもらっていた。旅先ではリオンに手伝ってもらうこともあったかな?今はなるべくなんでも自分でやるようにしてる。でも髪はまだ自分で上手く出来なくて、リオンに結ってもらってる」
 「ほほぅ・・・・旅先では、やってもらっていた、と。」
 テイラーの顔に、恍惚としたものが混じり始めた。
 それはネタを得られたことの喜びのためか、はたまた別の理由からか。
 王子の笑顔も、ビミョウにぎこちないものになる。
 元々、あまり人相の良くないテイラーである。それが怪しげな笑みを浮かべていれば、王子でなくとも引くだろう。
 それに先ほどから、何か別の人間の気配がするのだ。
 「で、ではですね。・・・秘密は厳守しやす。これは記事には絶対にしません。個人的探究心ってヤツで。・・・どうも、考えが低俗で申し訳ねぇんでやすが・・・・」
 「な、なに?」
 急に声を潜め、世界の陰謀に迫るかのごとき重みのある声で、テイラーは続けた。

 「ふ・・・・風呂も、リオンさんと入ってるってのは、本当ですかい?」

 「・・・・・・」
 一瞬の沈黙。
 テイラーの目は瞬きを忘れ、王子を凝視している。メモを持つ手も、それを握りつぶさんばかりに震える。
 「ど・・・どうですかいっ?」
 今にも血を吐きそうな形相のテイラーとは対照的な、実にあっけらかんとした様子で王子は答えた。
 「お風呂は一人で入ってるよ?」

 
「なにぃぃぃぃぃーっ!!!!!」

 その瞬間、大量のメモと雑誌を蹴散らし、ロイが現れた。
 「お前!!話が違うじゃねえかっ!!」
 呆気に取られている王子とテイラーに構わず、どかどかと近づいてきて王子に掴みかかる。
 「この前、護衛とはいつも一緒に風呂に入ってたって言ったじゃねぇか!!」
 ワケがわからず、王子は目をぱちくりとさせている。
 「入ってるよ?カイルと。」
 「はぁあ??」
 素っ頓狂な声を上げるロイに、にっこり王子は答える。
 「専属ではないけど、僕は小さい頃からカイルに護衛してもらってたんだ。カイルが見習いの頃からだから・・・7・8年前ってことになるかな。王宮では女官に手伝ってもらってたけど、旅先ではカイルか、もう一人の女王騎士のガレオンと一緒に。ここでは、みんなと一緒に入るようにもなった。・・・・リオンと一緒に入ったことは、ないなぁ」
 「な、な・・・・・」
 王子の言葉に、ロイは脱力する。

 そこへ。

 
「ふっふっふ〜聞いちゃいましたぁ〜っ!!」

 いつからそこにいたのか、ソファの影からミアキスが出てくる。
 「やっぱりそういうウラがあったんですねぇ〜?」
 「うっぎゃああああっ!!」
 「逃がしませんよ、ロイくーん」
 飛びのくロイを後ろから羽交い絞めにしたのは、これまた本棚の後ろに隠れていたカイル。
 「・・・えーっと・・・つまり、どういうことだったんでしょうか?」
 リオンが机の下から這い出してきた。
 「あんた、ほんっとにニブイねぇ?」
 最後に、サイアリーズが言いながら部屋に入ってきた。
 こちらは扉の前に張り付いていたようだ。
 「・・・先回りしてきたのは、俺だけじゃなかったってことか」
 観念したのか、おとなしくなったロイがぼそっとつぶやく。
 「当然ですぅ〜。女王騎士の脚力、侮れませんよぉ?」
 どうやらそれぞれ、エレベーターで移動する王子を階段を使って先回りし、思い思いの場所に隠れていたようだ。
 「じゃあ、僕の話・・・・」
 「もちろん、それも聞いちゃいましたぁ♪」
 じわっと頬を染める王子に、ミアキスはにっこり笑う。
 「感動しちゃいましたぁ。王子はそこまで私たちのこと思ってくれていたんですねぇ」
 「王子、あんな昔のこと覚えていてくれたんですねー。俺も嬉しいなー」
 「あんたがそこまで考えていたとはねー。流石、あたしの甥っ子だよ」
 「王子っ、あの、わたしも、すごく嬉しかったです!これまで以上に、一生懸命王子にお仕えしますね!」
 「あ・・・あはは・・・・」
 照れる王子を取り囲み、それぞれに頭を下げ礼を述べている後ろで、そろーっとロイが移動する。
 しかし、その手がドアノブにかかった瞬間、

 ドカッ!!

 「はい、逃がしませんよぉ?」
 笑顔で小太刀を投げつけ、ミアキスが言った。



 「それで、結局・・・・なんだったんですか?」
 まだわかっていないリオンが、改めて尋ねた。
 「・・・ミアキス、説明してやんなよ」
 サイアリーズが額を押さえ、ミアキスに手を振る。
 「つまり、ロイくんは王子に完璧に化けられるようになったら、リオンちゃんとお風呂に入ろうと狙っていたってことですぅ」
 「ええええっ!!?」
 真っ赤になるリオンの横で、サイアリーズが溜息を吐く。
 「・・・そこまで言ってもらわなきゃ、わからないもんかね?」
 そう呟きつつ、王子の方を見れば、相変わらずのほやーっとした笑顔で、首を傾げている。
 こっちはわかっているのか、実に疑わしい。
 「この子と一緒に育てば・・・無理もないか。」
 サイアリーズは一人で納得した。
 「・・・大将の影武者と言えば、命がけの仕事だぜ?それくらいの役得、あったっていいだろっ」
 フンッと鼻を鳴らし、ロイはふんぞり返った。
 「おっ、開き直ったねぇ」
 嬉しそうにサイアリーズは言う。その頭の中に、様々なお仕置きを巡らせているようだ。

 が。

 「そうですね・・・影武者っていうのは、本当は危険な仕事なんですよね・・・」
 神妙な顔で、リオンが頷いた。
 気迫漂うリオンに、カイルが戸惑う。
 「り・・・・リオンちゃん?」
 ロイを真正面から見つめ、リオンは言った。

 「わかりました。わたし、ロイくんと一緒にお風呂に入ってもいいです」

 「えええええっ!!!」
 一同が声を揃えて驚愕する。
 「ちょっ、ちょっと待ちなよリオン!?」
 「そうですよぉ、リオンちゃんがそこまでしてあげる必要なんてないですぅ!」
 「いえ、いいんです。それぐらいのことを、ロイくんにお願いしているんですから」
 リオンの顔は真剣で、思わず誰もが言葉を失う。
 あまりのことに、ぽかんと口を開けて固まっていたロイが我に返る。
 「い・・・いいのかよ?本当に?」
 「ええ。」
 しっかりとリオンは頷いた。
 真面目なリオンは、約束を破ったりしない。
 半ば呆然としていたロイだが、徐々に顔は赤らみ、口元には思わず笑みが浮かぶ。
 「ただし」
 にっこり笑ってリオンは続けた。
 「私を騙せるくらい、王子になりきれるようになるのが、条件です。」



 翌朝。
 日も昇らぬ薄暗い広場にロイの姿はあった。
 「甘いっ!!」
 「うっぎゃああああっ!!」
 リオンの声の次には、必ずロイの悲鳴が上がる。
 「王子の笑顔は天上の微笑み!!そんないやらしくありませんっ!!!」
 「ぎゃああっ!!!」
 ロイの身に何が起こっているのか、それを確認する勇気のある者はいなかった。
 こっそりと様子を見にやってきたミアキスとサイアリーズも、途中までやってきて引き返す。
 「・・・リオンってさ、あの子がからむと人が変わるよね」
 「王子のことになると、鬼ですよねぇ〜」
 頷き合い、二人はさっさと自室に戻って寝なおすことにする。
 多分、ロイが例の報酬を受けることは、一生ないだろう。
 
 
 2006.4.10  修正06.6.18

 ゲームプレイ途中のロイ加入後から考えていた話。
 そしたらゲーム本編で、ホントにロイがお風呂にやってきて大笑い。私の読みが当たったか。

 ミアキスは、多分あのお風呂イベントまではずっと騙されずにいたのだろうと思う。
だからこそ、騙された時にあれだけ悔しがったのだ。
 カイルの部屋、リオンの控えの間は私の想像。
 ミアキスの隣の部屋は唯一、誰も入っているのを見たことがない。
きっと、あちこちの女の人のところに行っているから、あまり使われないのだ。ゲオルグの部屋と同じくらい、使われてない。(笑)
 王子の部屋の、ベッドの横の空間はすごく怪しいと思う。
 脇の階段を上がっても、そこが何かで塞がっている様子はないしね。

女王騎士特集は、この後のイベントで誰かさんがタイヘンなことになってしまったため、軽く触れるにとどまったという。
あの状況で女王騎士への思いなんぞ書かれていたら、みなさん号泣してしまってタイヘンです。
王子もどん底まで落ち込んでしまいますからなー。
でも、ゲーム本編で上手く女王騎士の特集と、このSSのタイミングが合わさったのは偶然。(笑)
私、黎明新報、読んでませんでしたから。

意味なくキャラを出しすぎている気がしないでもない。
でも出来る限り108星を絡ませたいファン心理。(笑)

*2006.5.17 女王親征以降仲間になるニフサーラとその前に(規制)するサイアリーズが
同時に本拠地にいるのはムリとのご指摘いただきました。
おお。その通りですなぁ〜(笑)
これは、ニフサーラだけ消せば解決するんですが、私ニフサーラさん好きなのでこのまま残しておきます。
設定の矛盾を残しておくのも面白かろうて。

*2006.6.18 このままでもいいかなーと思っていたんですが、やっぱり気になる方がいるらしく。
ニフサーラと竜騎士の部分を書き換えました。
 
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