■いつもそばに。■ この説が前提となっておりますので、先にこちらを読まれることをオススメします。年表に整理もしてみた。



 「ファルーシュ!」
 ガレオンに連れられ、武術の稽古に向かう途中だった王子は、呼び止められて振り返る。
 そこに立っていたのは、小さな彼の妹・リムスレーアだった。
 「どこに行くのじゃ?」
 ファレナ女王国の次期女王候補として育てられたリムスレーアは、年上の者でも居丈高にモノを言う。
 それが己の兄であっても。
 「ガレオンと稽古に。今日は護身術の練習だよ」
 「そうか。ならば、それはやめじゃ」
 驚いて見つめ返す王子に構わず、リムスレーアは彼に指を突きつけ、こう言った。
 「ファルーシュはこれからわらわと遊ぶのじゃ」
 「姫様・・・」
 尊大な物言いに、長年王家に仕えてきた老騎士は眉を寄せる。
 次期女王として女官たちを多く従え傅かれてきたこの姫君は、わがままを言うことも多い。
 だがそれを己の兄君にまで押し付けるとは・・・。
 「・・・ダメだよ。父上に怒られる」
 妹の言葉に戸惑いながらも、王子は悲しげに首を振る。
 先代女王の継承争いの難を逃れるため、一人東の離宮で過ごしてきた王子は、先年この王宮に戻ってきたばかりだ。
 そのため、長い間妹とも離れて暮らし、未だ馴染めずにいた。
 「わらわはそなたよりエライのじゃ!そのわらわの言うことが聞けぬと申すか」
 愛らしいその眉を吊り上げ、妹は兄を睨む。
 「そなた、王位継承権がないのではないか?ならば、母上、父上の次にエライのは次期女王であるわらわであろう?」
 「・・・っ」
 王子が小さく肩を震わせ、目を伏せた。
 その穏和な性格のため、臣下や民にも愛されている王子だが、この女王国では男子に王位継承権はないため、一部の貴族には侮られ疎んじられてきた。
 「姫様。そのおっしゃりようは、王子殿下に失礼でありますぞ」
 口さがない者たちが『役立たず』『厄介者』と罵るのを影で聞き、王子が心を痛めているのを知るガレオンは、やんわりとリムスレーアを窘める。
 「殿下が武術に励まれるのも立派なお役目。姫様のお相手はまたの機会にお願いいたします」
 王子に代わり、深々と頭を下げて断わるガレオンに、リムスレーアは顔を真っ赤にして怒鳴る。
 「ガレオン!そなた、この者とわらわと、どちらの言うことを大事と思うておるのじゃ!?」
 「姫様も王子殿下も、我輩には等しく尊きお方。どちらなどと選べませぬ」
 「〜〜〜〜っ!!」
 「姫様。何故そのようにおっしゃるのですかな?王位継承権がなくとも王子殿下は姫様の兄君であられますぞ」
 「だからなんじゃというのじゃ!?この者はお祖母様の継承争いの折、母上父上やわらわを置いて一人で王宮を逃げ出した臆病者じゃぞ!?なぜそのような者を敬わねばならぬ!?わらわの方がエライのじゃ!わらわの方が・・・!!」
 「姫様・・・」
 バタバタと腕を振り回し、金切り声で喚き出した幼い姫に、ガレオンはどうしたものかと困惑気味に息を吐く。
 「・・・いいよ、ガレオン。僕が後で父上にお叱りを受ける」
 どうやってリムスレーアを説得すればいいのかと頭を捻るガレオンを制し、そう言ってから王子は小さく「ありがとう」と呟いた。
 「・・・何して遊ぼうか?」
 持っていた訓練用の武器をガレオンに預け、振り返る王子に、リムスレーアは振り上げていた腕を下ろす。
 「わ、わかればよいのじゃ!では、庭で花冠を作るのじゃ!」
 「うん。じゃあ、行こうか」
 笑顔差し出された王子の手を握りかけたリムスレーアだが、我に返ったようにその手を振り払う。
 「馴れ馴れしく触るでないわ!行くぞ、ついて参れ!」
 ぷいっと踵を返し、一人で先に歩いていく。
 それに一瞬呆けた王子だが、ふっと息を吐いて、気遣わしげにしているガレオンに振り返る。
 「殿下・・・」
 「大丈夫。行ってくる。・・・ごめんね」
 王子は寂しげな笑顔を見せ、妹を追って駆けて行った。










 その夜、王子は父に呼ばれ、女王騎士長の執務室に向かった。
 「あ、王子。どうしたんですか、今日は?オレ、待ってたのになーっ」
 女王騎士の部屋に入ると、まだ残っていたらしい金髪の見習い騎士・カイルが声をかけてくる。
 今日の稽古に、このカイルも付き合ってくれる約束になっていた。
 「あーっ、オレに負けるのが悔しいから、サボったんでしょー?そういうの、男らしくないなーっ」
 ちょっと唇を尖らせ、「めっ」とばかりに片目をつぶる。
 「フェリド様も怒ってたなー。『武術の稽古をサボるなど、王子としての自覚が足りん!俺がその性根を叩き直してやる!!』って」
 カイルは胸を反らし、無精ひげを撫でる真似をしてみせた。
 「ホント?」
 「・・・なーんてね。ウソですよ。本当に、どうしたんですか?王子がサボるなんて、らしくないですよー?」
 王族と女王騎士見習いという身分の隔たりはあるが、カイルは王子を兄のように支えてくれる、よき理解者だ。
 強張った心を解かすように、優しく問いかけるカイルだが、王子は悲しげに俯くだけだった。
 「・・・まぁ、無理に理由を聞きだそうなんて、しませんけどね」
 寂しそうに笑い、カイルは王子の手を握る。
 「でも王子、オレは王子の味方ですからね。何か困ったことがあったら、相談してくださいよ。特に恋の相談なんか、大歓迎ですからね!」
 言って、ぐっと親指を付きたておどけた表情でウィンクする。
 「うん。・・・ありがとう、カイル」
 頷き、王子は奥にある騎士長執務室のドアをノックした。



 「父上・・・・」
 「おお、来たか」
 書類から顔を上げたフェリドが、右手に持ったペンを置く。
 「・・・なぜ俺が呼んだか、わかっているな?」
 「・・・はい。ごめんなさい」
 項垂れ、縮こまっている王子は、すっかお仕置きを受ける体勢だ。
 どんな理由があろうと、稽古を疎かにしたにたことは事実だ。と、その言い訳をする様子はない。
 そんな王子に、フェリドは苦笑する。
 「なんだ?俺に怒られるとでも思ったのか」
 「え・・・・?」
 王子が顔を上げると、フェリドはがしがしと乱暴に頭を撫でる。
 「お前が稽古より大事なことがあると思ったなら、それもいいだろう。だがな、そのサボった分のツケは自分に跳ね返る。よく覚えておけ?」
 「・・・はい、父上」
 「うむ。・・・・ところでなぁ、ファルーシュよ」
 こちらが呼び出した本題、という雰囲気でフェリドは切り出した。
 「お前、リムとは・・・・どうだ?」
 「・・・・・」
 王子は何も答えられず、俯く。
 「・・・・そうか」
 フェリドは息を吐き、王子の肩に手を乗せる。
 「お前とはずっと離れて育ったし、俺もアルもいろいろあって、長いことあれに構ってやることが出来なかった。そのせいか、我侭になってしまってな。お前のことも誤解しているようだが、本心からお前を嫌ってはいまい。リムも寂しいのだろう。だが、お前とどう接したらいいかわからんのだ」
 継承争い・他国の侵略・暗殺部隊の解体と、女王の夫として騎士長としての責務に追われ、しょうがないことながらも、娘に構う時間の取れなかったことを、フェリドは悔いているのかもしれない。
 リムスレーアが王子に辛く当たっていることも知っているが、それを父親の立場から注意すれば、かえってリムスレーアは反発してしまうだろう。
 「リムと仲良くしてやってくれ。俺からの頼みだ」
 「父上・・・・」
 フェリドの言葉に、王子はゆるく首を振る。
 「僕はお兄ちゃんだから、リムと仲良くするのは当然のことです」
 王子の微笑みに、フェリドはにかっと笑い返し、抱き寄せた。
 「そうかー!流石、俺の子だ!」
 「わっ!ち、父上っ!?」
 豪快な愛情表現は、抱き締めているのか締め上げているのかわからない。
 一通り抱き締め、頭を撫でくり回したところでフラフラになった王子を解放する。
 「実はな、ロヴェレから招待が来ている。『ロードレイクに来ないか?』とな」
 「・・・ロードレイク?」
 ボサボサになってしまった髪を直しながら、王子が尋ねる。
 ロードレイクは『緑の至宝』とも謳われる、深い森に囲まれた湖のある、フェレナでも有数の楽園だ。
 「たまにはいいだろう?家族で出かけるというのもな。ロードレイクは綺麗なところだぞ。リムの気持ちも解れるかもしれん。・・・・そうだ、リオンも連れて行ってやろう。どうだ?」
 王子の顔が、ぱっと輝く。
 「はい!」
 「決まりだな」
 フェリドは晴れやかに笑った。










 一月後、王家の者たちが揃ってロードレイクを訪れた。
 その美しさだけは噂で聞いていた王子だが、いざ本物を眼にして言葉を失う。
 「うっ・・・・わーっ!キレイですーっ!!」
 小さいながらも王子の世話役を務める少女・リオンが誰より早く感嘆の声を上げた。
 孤児であったリオンがフェリドに引き取られてから、彼女も出かけるのは初めてであったかもしれない。
 「女王陛下、騎士長閣下、それに姫様、王子殿下。みなさまようこそおいでくださいました」
 穏やかな微笑を浮かべた紳士が、夫人を伴い深々と頭を下げた。
 「姫様とは・・・昨年お会いしましたが、王子殿下とは始めてお目見えいたします。ロヴェレと申します。改めて、よろしくお願いしたします」
 「こちらこそ、よろしくお願いします。お世話になります」
 慌てて頭を下げ、思いの他優しい視線で見つめるロヴェレに、王子はきょとんと目を瞬く。
 「あなた、そのようにじっと見られては・・・王子がお困りではないですか」
 夫人が苦笑しながら嗜めれば、ロヴェレは恥じ入ったように頭を下げた。
 「いや・・・王子殿下は、本当に女王陛下によく似ておられる。髪色ばかりか、面差しまでそっくりでございますな。思わず魅入ってしまい、失礼をいたしました」
 「まぁ・・・」
 くすくすと笑う女王に釣られ、皆が笑いあう。
 「それではまるで、俺には似ていないと言っているようではないか?」
 「いえいえ。殿下もフェリド様のお子ですから、ゆくゆくは立派な殿方におなりでしょう」
 和やかに談笑しあうフェリドとロヴェレに、王子はホッと息を吐く。
 貴族の中には、王子を良く思わない者も多いが、このロヴェレはそういった貴族とは違うようだ。
 ここならば、ゆっくりと心を落ち着かせることが出来るかもしれない。
 そう思い、リムスレーアに視線を向けた王子だが、その妹の様子に眉を顰める。
 皆が周りの緑に表情を解し、身体をくつろげているというのに、リムスレーアは硬く口を結び、足元をじっと見つめている。
 「・・・リム?」
 疲れたのだろうか?気分が悪くなったのだろうか?
 そう思い、声をかけようとした王子の腕をリオンが引く。
 「王子!あっち!鹿がいますよ!あっちの森に行ってみましょう!姫様も!」
 リオンの指差す方向には、深い森がある。
 「え?あ・・・・」
 「いけませんっ!」
 耳聡く従者が聞きとがめる。
 「まだお小さい姫様と王子を連れ、森に入るなど、もっての外です!!」
 「で、でも・・・っ」
 「絶対に駄目です!!いけませんっ!!」
 なおも言い募ろうとするリオンを制し、従者はにべもなく言い切った。
 「仕方ないよ、リオン」
 ここまで言われては諦めるしかない。
 「はい・・・」
 リオンがしゅんと項垂れる。
 「まぁまぁ。こちらから湖に出られるんですのよ。みなさま、どうぞこちらへ」
 ロヴェレ夫人が邸内へと先に立って案内する。
 「・・・ファルーシュ。リオン」
 促されるまま、邸内に入ろうとした王子だが、後ろからフェリドに呼び止められ、リオンと顔を見合わせる。
 ムスッとした表情で「ちょっと来い」と片手で合図する。
 「・・・ごめんなさい、フェリド様。軽率でした・・・」
 呼ばれ、頭を下げようとしたリオンを引き寄せ、フェリドは内緒話をするように、耳元に口を近づける。
 「馬鹿だな。ああいうときは、こっそり行かんかっ!」
 「・・・は?」
 「今度から、気をつけろよ?」
 ぽかんとする王子とリオンに、ロヴェレが吹きだす。
 「閣下、そういう悪戯を教えられては、困りますなぁ」
 「何を言う。悪戯をせん子供など、おるものか!」
 わしわしと二人の頭を撫でるフェリドに、「フェリド様らしいですな」とロヴェレが笑った。
 「あ、リム・・・・っ」
 扉の前で、フェリドたちを見ていたリムスレーアと目が合った。
 だが、リムスレーアはすぐに踵を返し、扉の中に入っていった。



 ロヴェレ邸内の一室を借り、王子はゆったりとベッドに足を伸ばす。
 久しぶりの長旅に、少し疲れてはいたが、やはり妹のことが気にかかった。
 仲良くしたい、とは思うが、妹から全て突っぱねられるので、どうしたらいいのかわからないでいた。
 嫌われることをした覚えはない。
 ただ、長く離れ離れだったから、お互いのことがまだ分かり合えないでいるだけ・・・・。
 果たして、そうなのだろうか?



 「フェルーシュ!」
 ノックもなく、部屋に入ってきた呼び声に、考えに没頭していた王子が飛び起きる。
 突然の訪問者は、王子がたった今まで思い悩んでいた主・リムスレーアだ。
 「リ、リム・・・・?」
 「あの森に行くぞ!支度をせい!」
 まるでこちらの都合も考えない不躾な物言い。
 それはいつものことだが、これはいつにも増して強引だ。
 「ダ、ダメだよ・・・」
 慌てて答えるものの、リムスレーアは聞かない。
 「父上が言っておられたこと、わらわにも聞こえたぞ。見つからぬように行けばよいのじゃろう!?」
 「でも、もう少しで日が落ちて暗くなる。今日はもうムリだよ」
 暗さに方向感覚を奪われれば、見知らぬ森で迷子になってしまう。
 妹の我侭には出来る限り答えてきた王子だが、こればっかりはダメだと首を振る。
 「この、意気地なしめっ!!」
 癇癪を起こし、顔を真っ赤にさせてリムスレーアが怒鳴った。
 「やはりそなたは意気地なしじゃ!お祖母様が暗殺者どもにお命を狙われておるというのに、一人で逃げ出した臆病者め!お祖母様が亡くなられた時も、母上と父上が異国の蛮族どもと戦われておられる時も、戻ってこなんだ!布団の中で震えて出てこれなかったのであろう!その上、暗闇も怖いのか?わらわはそのようなもの、怖くもなんともないわ!」
 「・・・・」
 王子が離宮に逃れたのは、もちろん王子の意思ではなく、女王とフェリドの考えによるものだ。
 だが、まだ小さいリムスレーアには、それがわからない。
 何も答えない王子に、それを肯定ととったのか、リムスレーアは心底軽蔑した眼差しで王子を見据えた。
 「王子殿下。姫様、こちらにおられますか」
 居心地の悪い静寂をノックの音が割る。
 「・・・ロヴェレ様がお二人を湖にと誘っておいでです。夕日が湖面に映り、とても美しい有様であると」
 部屋に一礼して入ったガレオンは、静かにそう告げた。
 あの声だ、扉の前にいたガレオンにも聞こえただろう。
 「・・・そうか。では参ろう。そなたは来なくてよい」
 ベッドから降りかけた王子に、リムスレーアはそう言った。
 「姫様・・・」
 「よいのじゃ!母上にはわらわから言っておこう!」
 リムスレーアは言い捨て、咎めようとするガレオンの横をすり抜けて出て行った。
 「・・・・殿下・・・」
 ガレオンの視線を受け、王子は寂しげに笑って一つ頷く。
 「・・・・」
 一礼し、ガレオンは静かに扉を閉めた。
 







 
 
 日もすっかり落ちた頃、女王の希望もあって晩餐は慎ましく開かれた。
 湖や森でとれたのであろう、魚や木の実・山菜を使った料理が並ぶ。
 それらはどれも見事で、おそらく王家の者をもてなすため、料理人が腕を振るったものであるとわかる。
 だが、妹に冷たく吐かれた言葉が心に刺さった王子は、食が進まなかった。
 いつもどおりに振舞わねば、周りに悟られてしまうと思うのだが、心の重石は容易にそれを許してはくれない。
 リムスレーアが、目線さえこちらに向けようともしないことに、より王子の心は痛んだ。
 「ファルーシュ、どうしました?先ほどから、ほとんど食べていないではありませんか」
 女王が母親の顔で優しく声をかける。
 「あ・・・・いえ・・・・」
 「きちんと食べなければ、疲れもとれませんよ?」
 リムスレーアは、王子が湖に行かなかった理由を疲れているせいだと言ったのだろうか?
 「・・・はい。母上」
 王子は言って、パンを取り、一片口に運んだ。
 「ファルーシュ?」
 それをじっと見つめながら、女王は静かに尋ねる。
 「どうして湖に来てくれなかったのですか?母はそなたを待っていたのですよ?」
 「っ・・・・それは・・・・」
 言葉を失い、王子は俯く。
 女王はふぅっと息を吐き、視線をリムスレーアに移した。
 「・・・・リムに、『来なくてよい』と言われた。・・・・そうですね?」
 「っ!!」
 リムスレーアが頬にカッと朱を走らせ、王子を睨んだが、すぐにはっとしてガレオンを見る。
 「ガレオン!そなた、母上に告げ口しおったな!?」
 傍に控えていたガレオンは、黙って目を伏せ頭を下げた。
 「〜〜〜〜っ!!」
 「リム。なぜそのような意地の悪いことをするのです。そなたの兄ではありませんか」
 厳しく咎める女王に、リムスレーアは顔を真っ赤にしたまま俯く。
 膝の上で拳を握り、見る間に瞳を潤ませる。
 「は、母上・・・っ」
 おろおろと、母と妹を交互に見ていた王子が立ち上がり、慌てて取り繕うとするのを、リムスレーアはキッと睨みつける。
 「何も言うな!!そなたのような臆病者の意気地なしに、庇われる謂れはないわ!!」
 「リム!!」
 鋭い一喝に、リムスレーアはもちろん、王子まで身を竦ませる。
 「・・・もうよい。部屋に戻り、謹慎なさい。そのように心根の病んだ者と、食事は出来ません」
 「・・・・っ」
 「ファルーシュ、座りなさい。このような者のことを、そなたが気にかける必要はありません」
 「母上・・・・」
 言われてゆるゆると腰を下ろすが、リムスレーアから視線を外せられない。
 叱責を受け、呆然と立ち尽くしていたリムスレーアが、ぼろぼろと涙を零す。
 「・・・なぜじゃ・・・なぜ、母上はその者ばかり・・・」
 女王はそこに何もないように、表情を崩さず食事を続けた。
 フェリドも眉を寄せながらも、何も言わない。
 「・・・やはり母上は、わらわよりこの者の方が可愛いのか!?わらわは母上に似ておらぬから、嫌いなのか!?」
 「・・・リム?」
 王子は怪訝に妹を見つめる。
 兄のことを、『臆病者』と軽蔑しているから、辛く当たっているのではなかったのだろうか?
 「・・・わらわも銀色の髪が良かったのじゃ・・・わらわがそうなるべきだったのじゃ。なぜ、そなたにそれがあってわらわにないのじゃ!?王位継承権も持たぬ、そなたに!!」
 「リム!いい加減になさい!!」
 すっと女王が立ち上がると、リムスレーアの頬を撲った。
 鋭い音がしてリムスレーアが床に転がる。
 しん、と場が静まり返った。
 「あ・・・・・」
 一瞬何が起こったのかわからなかったリムスレーアだったが、頬の痛みに我に返る。
 「・・・・・嫌いじゃ!わらわが受け継ぐべき母上の血を奪ったのはこの者じゃ!そのような者、兄とは認めぬ!!そなたなどいらぬ!!」
 「リム・・・っ!」
 「追ってはなりません!」
 部屋を飛び出したリムスレーアを追おうと立ち上がった王子だが、それは許されず、じっと妹が出て行った扉を見つめた。



 「おや、王子殿下。このようなところへ、どのようなご用で?」
 ひょこっと厨房に顔を覗かせた可愛らしい王子に、料理長は手を休めて声をかける。
 「あの・・・お水をください。できれば、冷たいのを」
 「はいはい。ちょっと待っててくださいよ」
 「あ・・・飲むんじゃなくて・・・」
 コップを手に取り、水を汲もうとした料理長に、王子は小さなハンカチを取り出す。
 「これを濡らしたいんです」
 「へぇ?」
 ワケがわからないまま、料理長は言われるとおり王子のハンカチを氷水で濡らす。
 「ありがとう!」
 冷たく濡れたハンカチを受け取った王子は、嬉しそうに廊下を駆けて行った。



 ハンカチを握り、リムスレーアの部屋に向かっていた王子は、途中ガレオンに出くわす。
 「王子殿下!」
 ガレオンは王子を見ると、急いで駆け寄ってきた。
 「殿下、姫様を見かけられませんでしたかな?」
 「・・・リム、いないの?」
 頷く王子に、ふーっと息を吐いたガレオンは眉を寄せる。
 「我輩は姫様にこれをお届けに参ったのですが、お部屋にはおられませんでした。こうして先ほどからお探ししているのですが、どこにも・・・」
 「・・・・」
 困り果てたように唸るガレオンから、王子はパンの入ったバスケットを受け取る。
 「殿下。申し訳ありませんが、これを持ってもう一度姫様のお部屋を見て来てはいただけませんか?我輩はもう少しこの邸内を探してみましょう」
 「わかった」
 王子が頷くのを確認し、ガレオンは廊下の奥に駆けて行った。
 それを見送ると、王子は反対側へ・・・外へと飛び出していった。










 日の落ちた森は暗く、吹く風に揺れる木の葉が、何者かの囁きにも聞こえた。
 勢いで飛び出したものの、明かりも上着も持たない者に、森の闇と風は酷く無情だった。
 『暗闇など怖くはない』と言った手前、怯えるわけにはいかぬと強がっていたリムスレーアだが、子供の身でそれは長くは続かない。
 引き返そうにも、ロヴェレ邸の明かりはもう遠く、先ほどまで僅かに森を照らしていた月も、雲に覆われてしまった今では、ここがどのあたりなのかもわかりかはしない。
 時折聞こえる獣の唸りに身を竦ませる。
 歩き疲れ、もう立っていることも出来なかった。
 木の根元に座り込み、足を抱えたリムスレーアは、母に撲られた頬に触れる。
 まだじんじんと疼く頬に、再び涙が溢れてきた。
 母がなぜあんなに怒るのかわからなかった。
 先代女王である祖母には、常に気高くあれと教えられた。
 王位は誇りであり、それを持つものは常に正しい。従わぬ者には容赦なかった。
 その身に傅く者があるのも、王位継承権があればこそ。
 ならば、王位継承権を持たぬ者が冷遇されるのは当然ではないのか?



 けれど。
 ではなぜ、己が母に叱られねばならなかったのか。
 頬を撲られ、謹慎を申し付けられねばならなかったのか。
 なぜ・・・誰も迎えにこないのか。
 兄よりも優れた身分である自分が、こんなにも身体を凍えさせ、不安に慄いているというのに。
 もしかして・・・誰も来ては、くれないのだろうか。
 兄に『そなたなどいらぬ』と言った自分こそが疎まれ・・・・不要と思われてしまったのだろうか。
 「は・・・はうえ・・・・・ちちうえ・・・・・」
 じんと頬が熱く痛みを増す。
 どうしようもなく孤独で、寂しくてたまらなかった。










 「・・・リム」
 温かく呼ぶ声に顔を上げると、月を覆っていた雲が晴れていくところだった。
 木々の合間から漏れる光に照らされ、そこに兄が立っている。
 枝に引っ掛けたのか、服は破れてぼろぼろの有様だったが、月に照らされた銀の髪がきらきらと美しかった。
 「あ、あに・・・・」
 「ごめん。遅くなった」
 乱れて頬にかかる髪を払い、王子は柔らかく微笑んだ。
 「・・・・なぜ・・・・?」
 震えてか細い声は、何を問うているのかわからない。
 「お兄ちゃんだから、かな・・・?」
 首を傾げつつ、そう答える。
 なぜ居場所がわかったのかも、酷い言葉を投げかけられても探しに来たのも、多分そう。
 「・・・痛かった?」
 リムスレーアの傍に膝をつき、濡れたハンカチを赤く腫れた頬に当てる。
 冷たいハンカチが頬を冷ますのと逆に、リムスレーアの胸に熱いものが込み上げる。
 「それとね、お腹減っているだろう?ガレオンがね、パンを・・・」
 バスケットからパンを取り出そうとした王子に、リムスレーアは縋りつく。
 「リム・・・?」
 「あ・・にうえ・・・・っ!」
 しがみ付き、ぎゅっと王子の胸に顔を押し付ける。
 「・・・・さびしかった・・・・こ・・・わかったのじゃ・・・っあにうえっ・・・・兄上ぇぇっ!!」
 堰を切ったように、涙が溢れ出す。
 「うん。ごめんね、一人にして」
 嗚咽を漏らし、泣きじゃくる妹の背を撫で、王子は何度もそう言った。










 気まぐれな月が、また雲の中に隠れる。
 そうでなくても、疲れきったリムスレーアをおぶり、森を戻る体力は、王子にも残されていなかった。
 王子の膝の上に抱えられ、ぎゅっと抱きついていたリムスレーアは王子の服に血の跡を見つける。
 「兄上・・・怪我をしておるのか?」
 間近く見る王子の頬にも、擦り傷のようなものがあった。
 「山犬がいて、ちょっと引っ掻かれただけだよ。大丈夫、この近くにはもういない」
 「そ、そうではなくて・・・!平気なのか?血が・・・・」
 的外れな返答に、リムスレーアは傷を確かめようとするが、そこにはもう布が巻かれていた。
 「大丈夫。いつのも稽古で、このくらいの傷には慣れているから」
 にこっと王子は笑って言った。
 「そうか・・・臆病なのは、わらわの方じゃった。わらわは怖くて、震えていただけじゃ・・・・」
 服が破れていたのは、手当てに使うため、自分で破いたせいだったのか。
 それならば、今はリムスレーアの頬を冷やしているが、このハンカチを使えば良かったのに。
 そう思ったが、口には出さなかった。
 兄は、こういう人なのだ。
 「のぅ、兄上・・・髪を解いてみてはくれぬか?」
 甘えるように、リムスレーアは王子の髪に触れる。
 「髪・・・?」
 乞われるまま、王子は三つ編みを解いた。
 銀の髪が肩を滑り落ちる。
 「・・・そうしていると、母上のようじゃ。まるで、母上に抱かれているような気分になる」
 「・・・リムは、この髪が羨ましかったの?」
 こくっとリムスレーアが頷いた。
 「みな、わらわは父上似じゃという。そして母上を美しい美しいと褒め称え、兄上を母上そっくりだと言うのじゃ。では、わらわは美しくないというのか!?」
 そういうリムスレーアの声には、もう兄に対する悪意は込められていない。
 年相応の子供らしく、スネているだけだ。
 「そうだね、気が強いのも、怒らせると恐いところも、リムは父上そっくりだ」
 「兄上っ!?」
 くすくす笑う王子に、リムスレーアは唇を尖らせる。
 「でも、リムの髪は真っ直ぐで、フェイタスの河の流れのようだ。そういうところは母上に似たんだよ。僕のコレは父上似」
 そう言って、王子はぴんと跳ねた自分のクセ毛を摘んだ。
 「本当じゃ。では兄上も、大人になれば父上のような強い男になるのじゃな!」
 ぴんぴん弾いても元に戻る、頑固なクセ毛にリムスレーアが笑った。
 が、王子は寂しく微笑む。
 「強くなっても・・・・」
 「・・・兄上?」
 目を伏せた王子に、リムスレーアは気遣わしげに顔を覗き込む。
 「・・・ねぇ、リム。僕は男だから、いつかは王都を出なきゃいけなくなるかもしれない。いくら強くなっても、僕が女王騎士になることは、元老が許さないと思う。でも、いつか出ることになっても、それまでは王都にいたい。王都にいて、母上、父上・・・リムの傍にいたいと思ってる。傍にいても・・・・いいかな?」
 「兄上・・・・」
 懇願にも似た兄の問いに、リムスレーアの瞳から、乾いたはずの涙がまた零れた。
 「兄上・・・ごめんなのじゃ、兄上・・・。わらわは酷いことを言った。いらぬなどと・・・・」
 王子の胸に縋りつき、リムスレーアは心から詫びる。
 「わらわのお願いじゃ。兄上、ずっとずっと、わらわのそばにいてほしいのじゃ。元老が何を言っても構わぬ!」
 「リム・・・・」
 王子は目を閉じ、しがみ付くリムスレーアの髪に頬を寄せる。
 「ありがとう、リム・・・・」










 翌朝、寄り添い眠る王子とリムスレーアはロードレイクの者によって保護され、ロヴェレ邸に戻った。
 開口一番に己の非を詫びたリムスレーアは女王に抱き締められ、王子は例のごとく乱暴な褒美を騎士長から賜った。










 「あーっおかえりなさい王子ーっロードレイクはどうでした?」
 王宮に戻った王子は、部屋から出たところでカイルに声をかけられる。
 「ただいま、カイル。綺麗だったよ」
 「でも帰ってきたばかりなのに、すぐ稽古ですか?フェリド様も容赦ないなー」
 王子が手にしているのは、訓練用の武器だ。
 同情するカイルに、ほんわかとした微笑みを返した王子は、「これお土産」と小さなお守りをカイルに渡した。
 「ところで王子、聞きましたよー?姫様と仲直りなさったんですってねー」
 我が事のように喜ぶカイルに、王子は照れくさそうに頷く。
 「俺もちょっと心配していたんですけどねー。流石王子。やっぱりフェリド様の子供だなー。素質、ありますよ?」
 「ありがとう・・・・?」
 『素質』って何の?と首を傾げる王子に構わず、カイルはしきりに感心してみせる。
 「あ、噂をすれば・・・姫様ですよ」
 「兄上ーーーっ!」
 王子が振り向くと、リムスレーアが手を振りながらパタパタと駆けてくる。
 「兄上、これから稽古に行くのじゃな?」
 リムスレーアの手にも、何やら分厚い本が握られている。
 「わらわもこれから勉強の時間なのじゃ。兄上が武術に励まれるというなら、わらわも学問をがんばるのじゃ。もっと学んで、兄上が守るに相応しい女王になるためにもな!」
 王子が頷くと、にこーっとリムスレーアは笑った。
 「ご立派ですね、姫様」
 カイルも拍手で褒め称える。
 が。
 「うむ。カイル、ちょっとお主、向こうを向いておれ」
 びしっと後ろを指差しリムスレーアは言った。
 「ええーっ?なんでですかーっ?」
 「いいから、わらわの言うとおりにせい!」
 重ねて言われ、渋々カイルは後ろを向くと、リムスレーアは急にモジモジしだす。
 「そ、それでじゃな、兄上・・・・わらわもがんばるから・・・・」
 頬を染め、口で言わなくても悟って欲しい、と両手を広げる。
 そんなリムスレーアに、王子はゆっくり首を傾げる。・・・・わかってない。
 焦れながら腕をバタバタさせ、それでもちらちらと後ろのカイルを気にする。
 「(ぎゅっ)・・・・・してほしいのじゃ!」
 小声で囁くリムスレーアに、「ああ」とやっとわかった王子は、お願い通りにリムスレーアを抱き締める。
 そんな様子を肩越しに見たカイルが肩を震わせる。
 「コラ!向こうを向いておれと言うたじゃろうが!何を笑っておるか無礼者め!」
 「いやー、姫様可愛らしいなぁーと思ってー。もーっ、王子、天性の才能がおありですね!」
 ぐっと指を立てたカイルに、リムスレーアは真っ赤になって突っかかる。
 リムスレーアが人目をはばからず王子に抱きつくようになるのは、これからそう遠くない日のことである。
 
 
 2006.5.25

考え出したのはルナス直後。
書き始めたのは、2周目入った時。
なのに、その後に書いた『仕事の報酬』より遅くなってしまった。
公式兄妹SSが載るキャラブック出るの今日だっけ?明日だっけ?
とりあえず、間に合わせてみた。

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