■絆■ この説が前提となっておりますので、先にこちらを読まれることをオススメします



 『王子殿下は、お母上にとてもよく似ておられます』



 王子は小さい頃から官吏たちにそう言われていたが、実感が湧かなかった。
 離宮に飾られた王家の肖像画を見ても、それが母なのだとは思えなくて。
 先代女王である、祖母とその姉君との王位継承争いに巻き込まれるのを避けるため、母と離れ、王家別荘でもあるこの東の離宮に移ったのは王子が2.3歳の頃だった。
 「行きたくない」と、母に泣いて取り縋り、駄々をこねたことは覚えている。
 でもそんな王子を抱きしめた母のぬくもりも、『少しだけの辛抱だ。すぐにまた会える』と諭した父の姿も、おぼろげにしか覚えていない。
 一月ごとに送られてくる母からの文が、唯一王子と母を繋いでいる絆だった。
 「いつになったら、母上に会えるの?」
 王子は世話をする官吏にそう問いかけると、官吏は何も言えず、痛々しい顔をして王子を抱きしめた。
 先代女王が亡くなった時も、女王が即位した時も、王子が呼び戻されることはなかった。
 それから2年の間、王子が楽しみにしていた母の文が途切れがちになった。
 「陛下は今、お忙しいのですよ」
 官吏はそう言って慰めたが、王子は母が自分のことを忘れていくのではないかと思い、不安に駆られていた。


 そんな時は、離宮の庭で花冠を作っていた。
 いつか母上にお渡ししたい。そんなことを考えながら。
 編みあがる花冠に、不安が薄らいでいく。
 ふと、人の気配がした気がして、王子は振り返った。。
 そこには、金髪の青年が戸惑い顔で立っていた。
 「ああっスイマセン。驚かすつもりはなかったんですけど・・・声をかけるタイミングが掴めなくて。王子殿下・・・ですよね?」
 怯えて後ずさる王子に、青年は敵意がある者ではないと示すように手を振る。
 もしかして、ずっとそこにいたんだろうか。
 男が花を摘んでるなんて、女々しいと思って見ていたんだろうか?
 疑惑が、王子の表情に見て取れる。
 己をファレナの王子を知れば、その身を害そうとするものは大勢いる。
 先の王位継承争いで地位を奪われた者が報復に来ることを恐れた官吏たちは、王子に見ず知らずの者には決して心を開かぬようにと言い含めていた。
 「・・・・誰?」
 まだ若い男だが、腰に剣を佩き、黒い装束に金の縁取りがある。・・・女王騎士だ。
 とりあえず、誘拐目的の侵入者ではない。
 しかし、それにしては・・・伸ばしかけの金髪はボサボサだし、困ったような笑顔はイマイチ威厳に欠ける。
 「あ、俺はカイルって言います。この前のアーメスの戦いでフェリド様に認められて、女王騎士の見習いになりました。よろしくお願いしますね」
 青年は王子の前に膝をつき、右手を差し出しかけたが、慌てて引っ込める。
 「あははっスイマセン。俺まだ入ったばっかで、礼儀とか身についてなくて」
 誤魔化すでもなくそう言って、照れたように笑った。
 王子と知った上でも、その態度に硬い所もへりくだったところもなくて親しみやすい。
 緊張を解き、一つ頷いて王子は尋ねる。
 「・・・アーメスって?」
 「あ、王子はご存知ないですか?えーっとまぁ、いろいろあったんですよー」
 カイルは笑いながらも、あっさりと王子の質問を流す。
 王子に言うべきではないと判断したようで、このまま突っ込んで聞いても受け流されそうな雰囲気だ。
 ・・・口が軽そうに見えるが、案外分別のある男らしい。
 「それでですね。いろいろあったんですけど、それが片付いたんで、王子殿下をお迎えに行くよう、フェリド様に申し付かりまして」
 「父上に・・・?」
 カイルが頷く。
 「お迎えが俺みたいな見習いで、申し訳ないんですけど・・・」
 王子はぶんぶんと首を振る。
 「僕、帰れるんでしょう?母上に会えるんでしょう!?」
 縋るように言う王子に、カイルは一瞬いたわしげに眉を歪めたが、すぐに笑顔で頷く。
 「会えますよ。荷物は後で届けてもらいましょう。外に馬車を用意してあります」
 カイルは視線で、停めてある小さな馬車を指した。
 そしてまた、王子に手を出しかけて引っ込める。
 見習いの身分で、子供と言えど王家の人間に触れるのを躊躇っているようだ。
 「ええっと・・・じゃあ、行きましょうか」
 テレ笑いし、先に立って案内しようとしたカイルの手を、王子は握る。
 「カイル、早く行こう!」
 驚いたように見返すカイルの手を、王子は引っ張る。
 「そうですね。早く行きましょう!」
 カイルは王子の手を握り返し、馬車まで駆け出した。


 







 「王子、ソレ陛下に・・・ですか?」
 馬車の中、揺られながらカイルが尋ねる。
 カイルの目線の先にあるのは、先ほど王子が作った花冠。
 「陛下、きっと喜ばれますね」
 頷く王子に、カイルはにこにこと言った。
 王宮と東の離宮は、それほど離れているわけではない。ほどなく、たどり着くだろう。
 『王宮に帰れる、母上に会える』と、先ほどまで嬉しそうにしていた王子だが、時間が経つほどに表情を強張らせていく。
 「王子、どうしました?もしかして、疲れちゃいました?」
 顔を覗きこみ、気遣うカイルに、王子は小さく首を振る。
 「・・・母上が、僕のこと忘れていたらどうしよう・・・」
 そう呟き、瞳を潤ませた王子に、カイルはうろたえる。
 「そ、そんなことありませんよ!絶対に!」
 「でも、もう何年も経ってる。僕は、母上の顔も、父上の顔も覚えていない」
 「それは・・・王子はまだ、お小さかったからですよ。陛下もフェリド様も、王子のことをいつも気にかけてらっしゃいました。早くお迎えに行きたいのにそれが出来なくて、さぞ辛かったでしょう。本当は自分が迎えに来たかったんじゃないかなーと、俺は思います」
 王子はきゅっと、握る手に力を込める。
 王家というもの、女王の立場というものについては、離宮の官吏たちに教えられた。
 だが、それを知っていても、まだ小さい王子には理解するまでに至らない。
 どうして会えないのか、どうして迎えに来てくれないのか。
 その不満と不安を、ずっと小さい身体に押し込めてきたのだ。


 「母上と父上は・・・どんな人?」
 ぽつっと、王子は尋ねる。
 そんな王子を寂しげに見つめ、一呼吸置いてカイルは答えた。
 「・・・そうですねー。陛下は噂で聞くより、ずぅぅっとお美しい方ですよー。俺、レルカーの生まれなんですけどね、その中には王家に心酔してる奴等もいて、みんなこぞって『この世に陛下よりお美しい方はいない!!』とか言うんですよ。でも俺見たことなかったから、噂だけだろー?って思ってたんです。ホラ、自分の国の女王を悪くなんて言えないじゃないですか。どんなにブスでも、国民は美人だって言わなきゃいけないんだろ?って。・・・コレ陛下には内緒ですよ?」
 カイルは茶目っ気たっぷりに人差し指を立てて、片目をつぶった。
 つられて笑い、王子は頷く。
 「でも実際に拝見したら、これがものっ凄い美人で!!俺もうびっくりしましたねー。こんな美人がこの世にいるのかと。天女がいるとしたら、あんなカンジなんでしょうねー」
 少し芝居がかった調子でその時の驚きを表現してみせ、カイルはうっとりとした視線を前方に向ける。
 「その妹のサイアリーズ様も美人だし、グラマーだし。ホンッとに世の中不平等ですねー。あーんな美人姉妹がいていいんだろーか!!?」
 なんだか妙に言葉に熱が篭っているようだ。
 隣に座っているのが年端もいかぬ子供だとわかっているのだろうか?
 ぐぐっと拳を握り締めたカイルからは、今にも放送禁止用語が飛び出してきそうだ。
 「フェリド様は鬼神もかくやという武芸の達人なんですが、豪傑で俺みたいな後見もない若造を女王騎士に推してくれて、目をかけてくれてます。アルシュタート陛下と共にファレナの歴史に残る、稀代の大人物ですね」
 心なしか、カイルの頬が紅潮しているようだ。
 「・・・カイルは、母上と父上がスキなんだね」
 素直にカイルの言葉にはそれを感じた。
 「ダイっスキですよ!!」
 カイルも力いっぱい頷く。頷いてから、
 「あーっ・・・じゃなくて・・・えー、ご尊敬申し上げ、忠誠を・・・なんだったっけかなー?」
 あははーっと笑って、カイルは頭を掻いた。
 「俺、こんなだから貴族のおエライさんたちには礼儀も弁えない田舎者って馬鹿にされるんですよねー。でも、スキなものはスキなんだから、しょうがないと思いませんか?王子」
 唇を突き出し、むぅっとした顔で、同意を求めるカイルに、クスクスと王子は笑いながら頷いた。
 やっと表情の明るくなった王子に、カイルはほっと息を吐く。
 「あー・・・やっぱり、王子はアルシュタート陛下とフェリド様のお子ですねー」
 「え?」
 「そっくりですよ、陛下とフェリド様に」
 そう言って、カイルは嬉しそうに笑った。
 「その髪色で、すぐにあなたが王子殿下だとわかったんですけど、こうして笑顔を拝見すると、本当に似ていらっしゃるなーって」
 「でも・・・じゃあ、なんですぐ声をかけなかったの?」
 突っ込まれ、カイルは「あちゃーっ」という顔をした。
 頭を巡らせ、誤魔化す方法を探そうとするが、王子の視線に耐えられず降参する。
 「お・・・怒らないでくださいね?」
 そう前置きし、続ける。
 「離宮には王子の他に子供の姿はないし、銀髪はファレナ王家の象徴ですから、あなたに間違いないだろうとは思ったんですけど・・・・。俺がお迎えに行くようにと言われたのは、『王子』だよなぁーって・・・・」
 「?」
 カイルの言わんとしてることがわからず、王子は首を傾げる。
 「あんまり可愛らしい・・・いや、お綺麗な顔立ちなので、おん・・・・・・・・・・・・いやいや、み、見惚れちゃってましたーっ!」
 無垢な瞳を向ける王子に事実を告げることが酷な気がして、やっぱりカイルは誤魔化すことにした。
 いくらまだ子供でも、「女の子と間違えた」と言われて嬉しくはないだろう。
 当の王子は、褒められたのか?ここは喜ぶところか?と複雑な顔をしている。
 「ホラホラ、王子!!王都が見えてきましたよーっ!!」
 ことさら声を張り上げ、カイルは王子の気を逸らした。
 
 
 






 数人の官吏が王子を出迎え、門をくぐると市外を割って伸びる一直線の通りに出た。
 「ホラ、王子。あれが太陽宮です。覚えてらっしゃいますか?」
 呆けたように周りを見回していた王子が、カイルに促されて指差す方向に顔を向ける。
 ファレナを統治する女王の住まう宮殿。
 王子の生まれた場所でもあるが、王子は力なく首を振った。
 「・・・まぁ、しょうがありませんね。広いですから、迷子にならないように気をつけてくださいねー?あと・・・」
 カイルは言いにくそうに言葉を濁らせた。
 見上げてくる王子の視線を受け、言うべきかどうかと頭を悩ませる。
 「・・・王宮には、いろんな人間がいます。王子のお世話をしてくれる女官や王宮の警備をする兵士、その他に・・・」
 言いかけたカイルが、眉をしかめて舌打ちした。
 前方から、身なりの良い男がやってくる。
 だがその男も、カイルを見るとあからさまに眉を顰め、ポケットからハンカチを出して口元を隠した。
 「おや、カイル殿」
 傍まで来ると、男は先ほどと打って変わった作り笑いを浮かべた。
 「ソルファレナにはもう慣れましたかな?大変でしょう。王都はレルカーとは違いますからなぁ。いろいろと」
 言葉の端々に妙なアクセントをつけ、嫌味ったらしい。
 「そうですね。タイヘンですよー。一から覚えなきゃいけないことも多くて。『田舎者』ですからねぇ」
 カイルも調子だけは男に合わせる。
 不穏な空気を感じてか、王子が物問いたげな視線を向けたが、カイルはそれに答えず、ただ繋いだ手に力を込めた。
 「それはそうと、お風邪でも召されたんですか〜?」
 口元をハンカチで隠したままであるのをカイルが指摘すれば、男はわざとらしく笑う。
 「いやいや。どうにも私は臭いに敏感で。特に埃の臭いがするとたまらないのですよ」
 「それはお辛いでしょうねぇ。でもそんなに臭いに敏感なのであれば、香水の量を減らした方が、いいんじゃないですかねー?」
 「・・・・」
 いたたまれなくなり、王子はカイルの手を引く。
 「おお、これは・・・王子殿下ですな?」
 今気づきました、と言わんばかりの大仰な身振りで頭を下げる。
 急に顔を近づけてきた男に、王子はぎょっと目を開き慌ててカイルの影に隠れる。
 「おやおや、これは・・・勇猛なお父上のお子とは思えぬ・・・・いや、これは失礼」
 それまでお付き合いで調子を合わせていたカイルだが、その言葉にぴくりと眉を寄せる。
 「今まで東の離宮に身を寄せておられたと聞きましたが、陛下は何故、殿下を呼び戻されたのでしょうなぁ?王子殿下は王位に関りないものを。いっそそのまま、東の離宮でお静かに過ごされておられた方が良かったのでは?王宮では、何かと煩わしいことも多いでしょうに」
 「っ・・・」
 きゅっと王子が身体を縮こませる。
 子供であっても、自分が男に疎まれている事はわかった。
 震える王子の手を、カイルはぐっと握り返す。
 「そうそう。煩わしいですよねー。例えば・・・・性格の悪い貴族とも、顔を突き合せなきゃならなかったり、ね?」
 「なっ・・・」
 男が言葉を失っている間に、カイルは王子の顔を覗き込み、大袈裟に驚いたフリをする。
 「あれー?王子、顔色悪いですね。もしかして酔っちゃいました?質の悪い香水って、気分悪くなりますもんねー?」
 「き、貴様・・・!無礼な・・・っ!」
 男は顔を真っ赤にするが、カイルは涼しい笑顔で受け流す。
 「じゃあ、失礼しますね。陛下が王子殿下をお待ちしているので」
 女王の名を出し、それ以上の会話を拒否した。
 「くっ・・・失礼する!」
 男はカイルを睨みつけたが、そのまま通りの脇にある元老院に入っていった。
 それを苦い顔で見送り、一瞬置いて息を吐き出す。
 「・・・・カイル?」
 「はーっ・・・王子、スイマセン」
 ぱちぱちと目を瞬く王子の前で、カイルは頭を抱えた。
 「あんなの、適当に流せば良かったのに、喧嘩売られるとつい・・・・。王子にも、嫌な思いさせちゃいましたね」
 王子の前に膝をつき、頭を垂れるカイルに、王子は首を振る。
 「・・・・カイルは、大丈夫?」
 小さい手が、労わるようにカイルの頬に触れた。
 少し驚いて、カイルは王子を見返すと、にっこり微笑んだ。
 「俺は平気です。・・・慣れました」
 王子の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握る。
 「王子は優しいですね。・・・・王宮には、あんなのもいますけど、俺もいますから。俺は、王子の味方ですからね?」
 カイルの言葉に、王子は「うん」と頷く。
 「それにね、王子には俺よりも、もーっと心強い味方もいますよ」
 「・・・誰?」
 カイルは立ち上がり、王子を王宮に促す。
 「一騎当千。ファレナで一番頼りになる味方ですよ」










 促されるまま、緊張で重くなりがちな足を王宮に踏み入れた王子だったが、王宮の大広間に入ってその中央にいる人物と目が合うと、凍りついたように固まってしまった。
 表情まで、驚いたまま固まっている。
 数人の騎士を従え、鬼神のごとき仁王立ちしている男。
 傍にいる騎士たちも体格いいが、その男の気迫は、存在をより大きく感じさせた。
 子供の視線から見れば、山の如き大男に見えることだろう。
 髪は炎をようにうねり、荒々しく逆立っている。
 周りを畏怖させるような男に、カイルは恐れることもなく近づいていく。
 「女王騎士長閣下、ただいま戻りましたー」
 「遅い!!」
 男は腹の底から響くような声で一喝した。
 思わず王子はびくっと身を竦めたが、カイルは変わらずにこにこと答える。
 「スイマセン。王宮の前で、引き止められちゃって」
 あははーと笑いながら言うカイルに、男は「ふむ・・・」と唸り、王子に視線を向けた。
 王子は後ずさりそうになりながらも、なんとかその場に踏みとどまる。
 男は王子の前まで来て膝をつき、視線を合わせる。
 「・・・ファルーシュか?」
 確かめるように、頭の先から足元まで眺め、問うた。
 「・・・・はい」
 王子がそう答えてからも、男は黙ったまま睨むような目で王子を見つめていたが、やがて肩を震わせ、一気に破顔した。
 「そうか!!」
 王子が驚き、身を引く間もなく抱きしめられ、無精ヒゲが押し付けられる。
 「よく帰ってきてくれた!!」
 一度身体を離し、大きく抱き上げると、先ほどとまるで違う、豪快な笑顔がそこにあった。
 「長い間、待たせたな。よく我慢した。さすがこの俺の子だ!!」
 その言葉に、おぼろげだった王子の記憶が蘇る。
 「ち・・・ちちうえ・・・?」
 「そうだ。大きくなったな、ファルーシュ。あの頃のお前は母ばかりに似てしまったと悔しかったが、このクセ毛は俺譲りだな!」
 大きな手で嬉しそうにその頭を抱き寄せる。
 「フェリド様、あんまり力任せにされると・・・王子壊れちゃいますよ?」
 フェリドの熱烈な愛情表現に、カイルも少し呆れて釘を刺す。
 「俺の子が、この程度で壊れるものか!なぁ?」
 豪快に笑いながら、わしわしと王子の頭を撫でた。
 「でも王子を独り占めしてると、陛下に怒られるかもしれませんねー」
 「おお。それは困るな」
 惜しみながらも、フェリドは王子を解放する。
 「さあ来い。母さんがお前を待ってるぞ」
 フェリドは王子の手を引き、謁見室の大扉の前に立たせる。
 「ファルーシュ王子殿下、お戻りになられました!」
 脇に控える、老練な騎士が大音声で報知した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ゆっくりと、重々しい音を立てて扉が開く。
 広い謁見室の向こう、玉座に座った女性が、一瞬身じろぎしたように見えた。
 「さぁ・・・」
 思わず立ち尽くしてしまった王子は、フェリドに促されてようやく足を踏み出す。
 穏やかな笑顔でそれを迎える女性は、王子が一歩近づくごとに、待ちかねるように頷いていた。
 本当なら駆け寄りたいほど焦がれていた母であるのに、それが躊躇われた。
 それは謁見室という場の神聖さに気圧されたせいかもしれないし、想像以上に母が美しく、また神々しい女性であったせいかもしれない。
 「よく・・・戻ってきてくれましたね、ファルーシュ・・・・」
 そう優しく声をかけられても、王子は一言も発することが出来なかった。
 何を言ったらいいのかわからない。
 ただこうして会えただけでも嬉しくて、胸が潰れそうだった。
 それ以上を望むのは、許されない気がして王子は足を止めた。
 そんな王子を女王は寂しく見つめ、脇に控える兵士に目で合図する。
 と、兵士たちが一礼し、謁見室を出て行く。
 「え・・・?」
 最後の兵士が一礼し、扉から出る。
 それをわけがわからないながらも見送り、振り返ろうとした時、王子は抱きすくめられた。
 王子の頬に柔らかく温かい胸が触れる。
 「本当に・・・本当に、よく戻ってきてくれました。さぞ、薄情な母を恨んでいることでしょう・・・」
 玉座から降りた女王の顔は母のものへと変わり、己を悔いて一筋の涙を零した。
 戸惑い、首を振る王子は、思い出して握ったままの花冠を差し出そうとした。
 「これを・・・母に?」
 「あ・・・っ」
 だが、女王の頭にはすでに黄金の太陽を模した王冠がある。
 王子は慌てて首を振り、花冠を後ろ手に隠そうとした。
 女王を玉座から下ろしただけでも恐れ多いというのに、こんなものまで差し出そうとは。
 己の考えの至らなさに、王子は恥じ入るばかりである。
 が、女王は隠そうとした王子の手をそっと留める。
 にっこりと笑った女王は、自ら王冠を下ろし、王子の花冠を頭に乗せた。
 「・・・似合いますか?」
 微笑み、優しく問う母に、王子は眉を寄せて言葉を詰まらせる。
 床に置かれた王冠に目を移し、泣きそうな顔で首を振った。
 「ファルーシュ・・・」
 王子の頬に触れた手が、上を向くようにと促す。
 「そなたは、わらわに母である前に女王であれと言うのですか?・・・そなたを引き離し、会うことを拒んだわらわには、母である資格はないと?」
 「・・・っ!」
 「わらわがファレナの女王であることに変わりはありません。そのことで、そなたに寂しい思いをさせたことは幾重にも詫びましょう・・・。ですが、そなたはわらわにとって愛しい我が子。そなたにとって・・・わらわは何でありましょう?女王なのですか?」
 王子の心に語りかけるように、じっと女王は蒼の瞳を覗き込んだ。
 その瞳に、みるみる涙が溢れていく。
 「は・・・・母上・・・・・っ」
 頷く母の胸に、王子が飛び込む。
 離れていた時を埋めるように、母のぬくもりが王子の身体に染み込んでいった。
 もう決して離さないで。
 縋りつく自分を優しく抱き締める母の手に、王子はそれを強く願っていた。
 


2006.5.30

例の『王子疎開説』を出し・・・さあ兄妹SSを書くか〜と思ったが、もーちょっと説明入れるべきかしら?と悩み。
それでは・・・と書きはじめたのがコレ。
でも、コレ書いてたら、公式兄妹SSが先に出てしまいそうで。
本当は、兄妹SSとコレを一緒にアップするはずだったが、出来なかった。
む。計画性のなさが露呈。

王子が王宮に戻って、ヒトと出会ったり再会したりする話。
リオン&リムとの出会いも入れようか・・・と思ったが、くどくなりそうなのでやめた。
リムは、不仲時兄妹SS書いたからよいじゃろ?
リオンとの出会いは・・・機会があれば、別に書く。
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