導く手・8

 気づいたときには、ベッドの上だった。
 白衣の男が俺の顔を覗き込んでいて、「また来たのか」と顔を顰めた。
 神羅宿舎内にある病院。
 最新鋭の医療機器があり、その技術も世界最高レベルと豪語しているが、俺はココに来ると実験動物にでもなった気がして、好きじゃない。
 幸い今日は、怪しい含み笑いを浮かべて重傷者ばかりを診たがる顔色の悪い研究者は来ていないようだ。
 「おーっすクラウド!お見舞いに来てやったぜ〜」
 そこへ、ココが病院だと言うことも弁えない無神経なソルジャーがやって来る。
 顔にテープを貼っているだけで、相変わらず馬鹿みたいに元気だ。・・・・俺と違って。
 管理部に事の次第を報告してきた帰りなのか、書類の束を抱えているのはまだいいとしても、なぜ水筒まで下げているのか。
 「いや〜しこたま嫌味言われちまったぜ〜」
 そう言いながらも、少しも懲りている素振りはなく、書類を脇に置いて、見舞い用の丸椅子を引き寄せドカッと座る。
 「元気だったか〜?」
 「・・・元気なら、ここにいません」
 俺は男からふいっと顔を背ける。
 「機嫌悪いな〜?」
 (・・・・当たり前だ。)
 俺は心の中で毒づきながらも、溜息を吐いて男に向き直る。
 「・・・助けていただき、ありがとうございました」
 「気にすんなって。それより、また敬語になって・・・」
 「・・・で・す・が」
 俺が敬語なのは当然だろう?ココは軍内部だ。
 むぅっと唇を尖らせる男の言葉を、俺は遮る。
 これ以上はないと言うぐらいの恨みを込めて、俺は吐き捨てる。
 「・・・・・騙したんですね・・・っ!」
 この男に命を救われたことだけでも気が重いのに、救助されるまで眠らされていたなんて。
 どこまで俺をマヌケな人間に仕立て上げてれば気が済むんだ!?
 「なんのことかなー?」
 男はすっとぼける。
 「薬のことなら、騙してないだろ?俺はアレを『痛み止めだ』って言った覚えはないぜ?」
 「うっ・・・・」
 「だいたい、動けないお前が起きていて、何をする気だったんだ?体力消耗するだけ損じゃないか」
 それは・・・そのとおりなんだが。
 「・・・俺のせいでこうなったんです。今回の件は、俺が説明するのがスジというものでしょう?・・・・どうせ、俺はクビになるだけだ・・・」
 それならせめて、この男に責が及ばないようにでもしておきたかった。
 だがこの男のことだ。馬鹿正直に全部上にバラしてしまったんじゃないのか?
 「・・・クビにされるくらいなら、自分から辞めた方がマシだ」
 ぼそっと、俺は呟いた。
 ソルジャーになると言って村を出たのに、クビになって戻るなんて・・・カッコ悪い。
 そんな俺に、男は肩を竦める。
 「お前は、クビになんてならないぜ?」
 「は?」
 「なんてったって、俺の命の恩人だからな」
 「はぁぁああ!?」
 にぃっと笑う男に、俺は呆れ返る。
 どこまで馬鹿なんだこの男は!?
 この男は、俺と自分の立場を逆にして報告したのか!?
 「あの時は他にも兵士がいたんだぞ!?そんな嘘、バレるに決まってるだろうっ!!」
 「いや、誰も見てなかった。まぁ、あの時はみんな必死だったからな。後ろを振り返る余裕のあるヤツもいない。雪崩をやり過ごして、俺たち二人がいないことに気づいたってのがほとんどだ。あの時他にも数人巻き込まれていてな。幸いそいつらはすぐ救助できたらしいんだが、俺たちまでには手が回らなかったらしいぜ」
 「あんたに庇われるなんて真っ平だっ・・・!!」
 叫んだ俺に、男は「しぃーっ」と人差し指を立てて口元に当てる。
 「怪我人が騒ぐなよ。ここは病院だぜ〜?」
 笑いつつ、片目を瞑ってみせる。
 もう呆れ果てて、何も言えない。
 「・・・それに、俺は嘘は言っていない。お前は俺の、命の恩人だ」
 「な・・・・?」
 困惑する俺に、男は左腕の袖を捲くって見せた。
 青い痣が、手首をぐるっと囲んでいる。打撲の痕かと思ったが・・・それにしては不自然か?
 「お前は覚えてないみたいだけどな、お前は俺の腕を掴んでいたんだぜ。あの雪崩に押し流されている間、ずっとな」
 「お・・・俺が?」
 聞き返す俺に、男が頷く。
 「俺もあの時すぐに気を失っちまった。けど、目を覚ましたとき、お前がしっかり俺の腕を掴んでいた。木の幹にしがみ付いて、な。多分、お前は流されながら木に叩きつけられたんだろう。肋骨をやっちまったのもその時だ。それでもお前は俺の手を離さなかった。お陰で俺はそれ以上流されずに済んだ。もし、お前に手を離されていたら、俺はもっと流されて雪に埋もれ、窒息していたかもしれない」
 「・・・でも、それは・・・」
 「それがお前の無意識の行動でも、それに俺が助けられたのに変わりはない。・・・・ありがとうな、クラウド」
 「・・・・・」
 俺が・・・・この男の腕を掴んでいた?・・・なぜ?
 「お前さ、昔のこと気にしてるって言ってたよな。幼馴染を助けられなかったって。アレは、お前が弱かったからじゃない。単に子供だから、力が足りなかっただけだ。けど、今はそうじゃない。お前は最後まで、俺の手を離さなかった」
 男は俺の右手をとり、自分の左腕を握らせた。
 手首の痣と、俺の手の大きさがぴったりと重なる。
 「お前は弱くない。お前の思う弱さは、精神的な未熟さだ。こればっかりは、簡単に鍛えられるモノじゃない。けど、それを乗り越えた時、お前は強くなる。・・・あと少しじゃないか。それなのに、諦めちまうのか?」
 男は手首を握らせた俺の手の上に、もう一方の手を重ねる。
 じんと熱を帯びた手が、力強く俺の手を掴む。
 「・・・・ソルジャーになれよ、クラウド。お前が来るのを、上で待っててやるからさ」
 「・・・・」
 真摯な目に見つめられ、身体の奥が震える。
 俺は昔から、他人に認められたいと思っていた。
 そして今、その実力には足元にも及ばないと思った男に・・・俺は期待されている。
 男と、同じ場所に立てる、と。
 「俺は・・・・・」
 言いかけ、まだ握られたままの手を振り払う。
 「俺は、セフィロスを目指しているんだ。あんたに追いつくのが目標なんじゃない。あんたを追い越すのが目標だ」
 言って、顔を背ける。
 顔が赤くなっているような気がするのは・・・・多分、気のせいだ。
 手を振り払われたままの形で固まっていた男も、じわじわと相好を崩す。
 「おっしゃ!そうこなくちゃな!」
 男はガッツポーズを取ったかと思うと、いきなりその場でスクワットを始めた。
 少しは大人しくしていられないのか。
 「・・・血の気が余ってるなら、病院に来たついでに献血でもしていったらどうですか?」
 嫌味を込めてそう言えば、男は律儀に頷く。
 「そうだなー。いっちょやってくるか!」
 (・・・・馬鹿には嫌味も通じない・・・)
 俺もヘンな男に気に入られたものだ。
 「おっと、そうだ。コレコレ」
 忘れるところだった、とばかりに、男は首から下げた水筒を俺に差し出す。
 「・・・なんですか?」
 「お前の好きなあの紅茶、入れてきた。有難く思え!」
 何をエラそうに。
 とは口に出さず、一応頭を下げて受け取る。
 まぁ、いくらこの男が料理できなくても、紅茶くらいは淹れられて当然・・・・。
 調度喉も渇いたことだし、と身体を起こし、カップに紅茶を注ぐ。
 が。
 出てきたのは、ヤケにどす黒い液体だった。
 香りに紅茶らしき名残はあるものの・・・何か浮遊物まであるその液体は、とても俺の知るモノではない。
 「・・・・・紅茶?俺が飲んでた、あの?」
 男はニコニコと頷く。
 何をどう淹れたらこうなるんだろうか?
 もし、これをあくまでもあの紅茶だと言うなら、タイヘンな冒涜である。
 「参考までに・・・・どうやって淹れました?」
 「ああん?そりゃ、湯を沸かして淹れるだろ?」
 言いながら、男は手振りで豪快に何かをひっくり返して見せた。
 「・・・・何を?」
 「そりゃ、お茶っ葉に決まってるじゃないか」
 何をそんなわかりきったことを、という口ぶりだ。
 なるほど、と俺は頷いた。
 「火のついたままのヤカンに、残っていた茶葉を全部投げ込んだ、というワケですね・・・」
 「そうそう。で、こぼれたお茶っ葉は焦げて灰になっちまったけど、もったいないから集めて中に入れといたぜ〜」
 「・・・・」
 「けど、やっぱお前が淹れたのとちょっと味が違うんだよなー?おっかしいよなぁ?」
 飲んだのか。コレを。
 それでいて、茶葉と灰の浮かぶ黒い液体と俺の淹れる紅茶が、『ちょっと』しか違わないのか。
 (部屋を出るとき、紅茶も忘れるんじゃなかった・・・)
 後悔、先に立たず。
 この分では・・・・。
 「いやーさっき部屋に帰ったらスゲーの。牛乳はヨーグルトみたいになってるし、野菜はドロドロに腐ってるし、ゴミ袋には&%$#が・・・・」
 (もういい。聞きたくない・・・・)
 その惨状が目に浮かぶようだ。
 「ってワケで・・・・コレも受け取ってくれると、俺はすごーく助かる。」
 男が差し出したのは・・・・IDカード。
 「再発行したばかりでしょう。受け取りません」
 「いや、これは再々発行」
 自慢げに言い、男はもう一枚のIDカードをポケットから取り出して見せた。
 「あのベコベコになっちまったカードを持っていって、『再発行してもらったばっかだけど、こんなんになっちまった〜』って見せたら、また作らないわけにもいかないだろー」
 「・・・・・」
 上層部に期待されているのかもしれないが、管理部では完全にカード紛失常習者としてブラックリスト入りだな。
 「・・・わかりました。あなたがまた紛失した時のために、『預かって』おきます」
 断ったって、何かと理由をつけて受け取らされるんだ。
 「それと、もう一つ・・・」
 「・・・まだ何かあるんですか?」
 うんざりと言う俺に、男はびしっと指を突きつけた。
 「敬語、もうやめようぜ。・・・・トモダチだろ?」
 いつの間にそういう事に?
 が、俺に反論のスキを与えず、男は捲くし立てた。
 「俺とお前の立場は同じ『命の恩人』同士。敬語で話すってのは気安くない。けどまぁ、立場は対等だが、今はまだ俺の階級が上だ。上官に対し、タメ口じゃ示しが付かないってのもわかる。だからこうしよう。任務で一緒になった時だけは、敬語で話す。それ以外は、普通に話す。・・・どうだ?」
 譲歩、というワケか。
 ふぅっと俺は息を吐く。
 「・・・わかった。だが俺にも一つ条件がある」
 「なんだ?」
 俺の口調が戻って、男は機嫌良く聞いてくる。
 「俺はあんたの家政婦になる気はない。けど、今回のお礼も兼ねて、週一回くらいはメシ作りに行ってやってもいい。それ以外の掃除・洗濯・起床は全部自分でやれ。可燃ゴミは月曜と木曜。不燃ゴミは水曜。全部自分で、あんたが出す!」
 「おっけー!」
 ぐっと親指を突きたて、了解の意を示すが・・・・果たして、本当やれるのか。
 疑わしいが、とりあえず様子を見よう。
 「・・・それと、もう一つ」
 重要なことを思い出し、俺は条件に付け加える。
 「・・・俺にいかがわしいモノを見せようとするな」
 「えー?そりゃあ難しいなぁ?」
 にやーっと笑って男が言う。
 それが一番簡単な条件だろうがっ!!





 退院した俺は、宿舎の中の廊下をずんずんと歩いていた。
 その衝撃が骨に響いて痛んだが、苛立ちにそれを紛らわせ、緩めることなく歩を進める。
 そして、宿舎内の休憩室に、他のソルジャーと立ち話している黒髪の男を見つけると俺は駆け出した。


 
「ザックスーーッ!!!」


 俺の声に、ザックスが振り向く。
 と同時に、俺の投げたビニール袋がザックスの顔面を直撃する。
 「ったー・・・・って、何すんだよクラウドー?」
 「何すんだじゃないっ!!」
 俺は仁王立ちし、びしっとザックスに指を突きつける。
 「今日は水曜!不燃ゴミの日だって何回言ったら覚えるんだ!!?」
 「・・・そーだっけ?すっかり忘れてたなぁー」
 「そのすっかりを何回繰り返す気だお前は!!」
 「まだ7回くらい・・・・ってあーっ!!おまっ・・・・中に俺の『蜜蜂の情事ver2』がっ!!」
 ザックスは慌ててビニールの結び目を解き、中からピンクの妖しげなプラスチックケースを取り出す。
 「これ限定版だぞー?高かったんだぞー?」
 ザックスは涙を流さんばかりにして俺に訴える。
 「だったら自分で大事にしまっておけ!!俺のカバンの中に勝手に入れるな!!!今度やったら、お前のデート手帳を全部コピーして社内掲示板に貼り出してやるからなっ!!!」
 「お、おまっ!!そんなことされたら、俺はキャサリンとロザリーとファニーとアンジェラに殺されるーっ!!」
 さっきまでザックスと話をしていたソルジャーは、事の成り行きを呆気に取られて見ている。
 「・・・ザックスって、次の1st昇格試験の合格有力候補・・・だよなぁ?」
 誰に言うでもなく、ぽつっと漏らす。
 「でもまぁ・・・・なんか、楽しそうだな」
 
 

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■あとがき■
 はい、お疲れさん。
 「トモダチになって〜」「いいよ〜」で終わらせれば簡単なのに、ココまで長々と書いてしまったよ。
 とりあえずCC出る前に間に合ったからヨイか。
 クラウドは元々ダメダメだが、ザックスのつまづきも書いてみたかった。
 それなりに優秀なソルジャーだったらしいが、多分何にもつまづかずソルジャーになったのは、セフィロスだけだと思うんだ。
 
 こうして馬鹿っぽく楽しく騒がせているのも面白いんだが、どんなにこの神羅時代を幸せそうにしたとしても、その後の展開は変えられないんですよな。それを思うと、寂しくもある。

 で、今回の某氏ネタ。
 勿体つけたが、単に『紅茶』。
 私が某氏との絵茶勝負を一時休戦した際、私は某氏にクラウド絵をヨメに(笑)送った
 で、数日そのクラウドとの新婚生活を某氏は楽しまれたそうだが、私は早々にそのクラウドと某氏を離縁させたのだ。(書置きして家出(笑))
 で、その時某氏が日記絵にザックスを描いたの。
 ウロ覚えになっちゃってるが、『お前がいないと料理もおいしくないし、紅茶の場所もわからない』というコメントが付いていたんだったかな?
 まぁ、それが元ネタになって、紅茶エピソードを組み込んでみたのさー。

 4月末に間に合わせるハズが、7月になっちゃったねぇ。
 遅くなってゴメンよ。今更だが、誕生日おめでとう。
2006.7.1