導く手・6

 「よし、これで大丈夫だな」
 男は俺の左腕の包帯を巻き直し、オマケにぽんっと腕を叩いた。
 「いっ・・・・!」
 痛みに呻き、俺は恨みがましい視線を男に向ける。
 「これくらい、『かすり傷』だもんなぁ?」
 にやーっと意地悪く男が笑う。
 「ああ、かすり傷だっ」
 涙が浮かびかけた目線を逸らし、俺は意地になって吐き捨てる。
 「おーっし。それでこそ、ソルジャー候補だ!」
 にかーっと、男は実に爽やかな笑顔を向け、俺は痛みに震えながら恨み言を飲み込む。
 「胸の痛みは、多分肋骨だろうな。ズレてはいないようだが、あんまり深く息を吸い込むな。痛みが増すぞ」
 そう言って男は救急道具を携帯用のバッグにしまい込んだ。
 「・・・あんたは、どうなんだ?」
 「ん?」
 一通り俺の手当てを済ませた男は、頬の擦り傷にそろそろとテーピングして振り返る。
 先ほどから男の様子を注意深く観察してはいるが、男が痛みを堪えたり、傷を庇うような様子はない。
 「擦り傷と・・・ソレだけか?」
 俺は男の左手首を指差す。
 どこかにぶつけたのか、酷い痣になっている。
 そのことに男は気づいていなかったのか、グローブをめくり、「あ、ホントだ」と呟いた。
 「・・・・・折れてないだろうな?」
 用心深く尋ねた俺に、男は目を瞬いた。
 そしてそのまま、じっと俺を見つめる。
 (・・・なんだ?俺ヘンなこと聞いたか?)
 打撲による痣なら、俺が肋骨をやってしまったように、骨折している可能性もある。
 利き腕じゃないにしても、そもそもの原因は俺にあるのだから、多少の罪悪感を持っても不思議じゃないと思うんだが。
 (まるで俺が、自分の起こした事故に関心もない、無神経な人間みたいじゃないか)
 確かに、今まで散々男の話には『興味ない』とは言ってきたが。
 「・・・ああ、平気平気。」
 大分間を空け、男はヒラヒラと左手を振って見せた。
 もし折れているなら、そんなこととてもじゃないが出来ないだろう。
 俺はこっそり、安堵する。
 「・・・で、どうするんだ?救助を待つのか?」
 一応の食事を済ませ、傷の手当ても終わった。あとは何をすればいいだろうか?
 「・・・そうだなぁ・・・」
 男は胡坐をかき、ぐるっと天を仰ぐ。
 「俺らの小隊があの後、他の隊と合流して俺たちの遭難を伝えたとしても、救助に来るのは明日の朝だろう。ソルジャーもいるが、ほとんどは経験も浅いヒヨっ子兵士ばっかだ」
 「・・・・・」
 「加えて、ココの魔物は手強いからなー、遭難しているのが俺一人だったら、『自分で勝手に戻って来い!!』って言われているところだな」
 「・・・・・・・・・・」
 「かと言って、ホントに自力で戻んのはキツイだろうな。どちらにしろ、夜明けまで待たなきゃならねーってことだ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 俺はちらりと腕の時計を確認する。
 現在は22時を少し過ぎたところだ。夜明けまでは約6時間ほどだろうか。
 携帯していた痛み止めを飲んだお陰か、胸の痛みは薄らいできている。
 「じゃあ、俺が火の番をしているから、あんたは休んでくれ」
 「ああ?」
 手を伸ばし、マテリアを渡すように促す俺に、男は怪訝な顔をする。
 「火を途絶えさせない程度には、俺も使える」
 演習でしかマテリアを使ったことはないが、それなりに扱うことは出来るつもりだ。
 「俺はさっきまで休んでいた。あんたは寝てないだろう?」
 「なーに言ってんだ。俺は健康体。お前は怪我人。休むならお前の方だろ。・・・別に、寝込みを襲ったりしないから安心しろよっ」
 「・・・・・・」
 にやにや笑いながら言う男に、俺はうんざりとする。
 「・・・・そういう冗談は笑えないからやめてくれ・・・」
 男ばかりの集団の中で生活すると、稀にそーいうこともあるらしいとは耳にした事がある。
 明らかに反応を楽しんでいるだけとわかるからまだいいが、それを真顔で言われたらシャレにならない。
 「俺のせいで遭難したんだ。巻き込んだあんたに火の番をさせて、眠れるわけないだろう・・・」
 「・・・・・」
 声を落とした俺に、男は笑うのをやめて視線を外した。
 「気にすんなって言ってんのに」
 「・・・・気にならないわけがないだろう」
 「・・・・」
 俺はゆっくり目を閉じ、抱えた両膝の上に額を落とした。
 「・・・・・もし・・・・」
 言いかけて、俺は唇を噛む。
 「・・・・もし、今回の事のせいで、あんたが1stになれなくなったら・・・俺はどうしたらいい?」





 ただの一般兵である俺ならば、クビを切られるだけだ。
 だが、この男はソルジャー2nd。
 訓練兵の護衛が今回の男の仕事だったとしても、ただの一般兵一人のためにとったこの行動は、マイナス評価にしかならないだろう。
 ソルジャーとして、その判断ミスは昇格にさえ関るかもしれない。
 この男だって、俺のようにソルジャーになる夢を持って故郷を出てきたのかもしれない。
 そしてその夢を叶え、ソルジャーのトップクラスである1stを目指しているのだろう。
 夢の達成を目前にしたこの状態で、叩き落されるとしたら。
 俺はそれを、どうやって贖えばいいだろう?
 金で買えるものじゃない。
 俺が代わりになれるものでもない。
 もし・・・・もし本当に、この男から夢を奪うことになったら・・・。





 俺の言葉に、男は黙って呆れたように見返した。
 「お前なぁ・・・・そりゃあ、悪い方向に考えすぎだぞ?」
 「・・・・・」
 「まぁ、キモチはわからなくないぜ?雪崩に巻き込まれるなんて、そうそうある不運じゃない。ツキに見放されたと思うだろ。でもさ、世の中、そんなに悪いことばっかじゃないって」
 「・・・・あんたほど楽観的にはなれない」
 この状態でもヘラヘラ笑える男から、俺は顔を背ける。
 ・・・コレでも、本気でこの男の未来を心配してやってるのに。
 『惜しい』と思うのだ。この男の実力を。
 だからこそ、こんなことで男が1stになれなくなったらと思うと、堪らない。
 「俺、コレでも上層部に有望視されてるんだぜ。だから、これくらいのことで降格だの階級剥奪だのってのはないって」
 言って、男は胸を反らしてみせる。
 ・・・エライ自信だな。
 「・・・なんだよ?その目は?」
 「・・・・別に・・・・」
 あからさまな疑惑の眼差しに、流石に男もムッとする。
 「ホントだぜ。ソルジャー3rdになって半年で2ndに合格したのは、俺が初めてだって話だ」
 「なっ・・・・!?」
 思わず言葉を失う。
 ソルジャーの昇格試験は半年に一度だ。
 ってことは、この男はソルジャーになってすぐ次の試験に合格したってことか?
 「まー、セフィロスは軍に入隊した直後、いきなりソルジャー1stになったってんだから、上には上がいるって話だけどな」
 照れ隠しかそんなことを言って、男は頭を掻いた。
 それが本当なら凄い話だ。だが・・・それなら、もっと噂になっていてもいいはずじゃないか?
 会報での、この男の扱いももう少し・・・・。
 「でも、俺はその時、辞退したんだ。だからこの事は公式には載ってない」
 「えええっ!!?」
 さらっと、男はとんでもないことを言う。
 (辞退!?昇格を!!?)
 「な・・・ななな・・・・・っ」
 驚きのあまり、声にならない。
 「『なんで?』・・・・ってか?」
 こくこくと俺は頷く。
 だって・・・馬鹿じゃないか?
 それでなくともソルジャーになれる者は限られている。
 なりたいという思いだけでなれるものじゃない。
 それなのに、自ら昇格を蹴るなんて。
 「ん〜じゃあ、話してやろーかな」
 俺があまりに必死な顔だったためか、男は満足げに頷いて胡坐を組み替えた。
 「っても、大した話じゃないんだけどな・・・・」
 「そうだと思う」
 俺はあっさり肯定する。
 この男のことだ。どんなくだらない理由で、未来を左右する選択を決めたことか。
 「あ、ヒデェ」
 「それが事実なんだろう?」
 幾分傷ついたような顔をしていたが、俺がそういうと男はニカーっと笑った。
 「2ヶ月ちょっと一緒に暮らして、大分俺のことも把握したってワケだ?」
 「・・・・だいたいは。」
 お節介でいい加減で助平で・・・と、具体的に上げていくのは止めておく。
 機嫌を損ねると黙り込むのも、この男の性格だからな。





 「・・・あんたは、俺を部屋に連れ込む少し前に、2ndになったと言っていたな」
 すると、昇格を蹴ったというのはその半年前・・・俺が入隊する一月前頃だろうか。
 男が頷く。
 「俺もお前と似たようなモンでさ。ソルジャーになるっつって、田舎飛び出してきたんだ。俺の生まれはゴンガガってトコなんだが、これがホントーになんにもないスゴイ田舎でな。『俺はこんなトコロに埋もれるような男じゃねぇーっ!!』って」
 「・・・俺のニブルヘイムも田舎だ」
 思わず、呟くようにそう言えば、
 「ゴンガガはそんなところと比べ物になんねーくらい田舎なんだよっ!」
 妙にムキになって突っかかる。
 ・・・田舎自慢してどうするんだよ。
 「で、俺のソルジャーになりたかった理由は3つ。一つは故郷に錦を飾るため!!残り二つは、女の子にモテるためと、トモダチ100人作るため!!!」
 「はああっ!!?」
 大威張りで言うことか!!?
 「言っただろ、ゴンガガはスッゲー田舎だって。ホントに何にもないんだよ。同じ年頃の子供もいなかったし、カワイイ女の子もいなかった」
 しみじみと過去を振り返るように男は言う。
 「女の子がいないんじゃないんだぜ?けどなーやっぱ、男に生まれたからには、憧れってモンがあるだろ?こー・・・ボン!としてキュッ!とした美人にさーっ」
 デレっと顔を緩ませ、両手でグラマラスな女性の体型を表現してみせる。
 「・・・・」
 まぁ、元々この男には、壮大な夢を持っているとか、期待してはいなかったが。
 「・・・で、それと2nd昇格を蹴ったことと、関係あるのか?」
 「ああ、こっちはまぁ、あんま関係ないか」
 笑って誤魔化し、男は腕を下ろした。
 何の名残か、両手が何かを揉むように動くのには、見て見ぬフリをする。
 「で、こっちに来てすぐ、トモダチは出来た。田舎から来たってヤツがほとんどだから気も合ったし、ソルジャーになりたいって目標も同じだから、競って訓練に励んだ。毎日・・・・楽しかったぜ」
 男は口元を緩ませ、俺をじっと見つめた。
 楽しい?訓練に明け暮れる日々が?
 他人と必要以上に馴れ合うことを避けた俺には、『友達』と呼べる者などいない。
 他人に自分から、任務以外で話しかけたこともない。
 「ソルジャーになったら、女の子にもモテたぜー?まぁ、俺ってイイ男だから、元々モテてたんだけどさ、ソルジャーになったら大モテ!その時、お祝いだーっつって女の子がいっぱいいる店にトモダチが連れてってくれたんだけどさーっ、俺が『ソルジャーになった』っていうだけで、もう女の子が『キャー!』とか『スッゴォイ!!』とか言って集まってくんのっ」
 「・・・・・へー」
 俺は冷めた目で適当な相槌を打った。
 「なんだよその反応〜?折角、クラウドも今度その店に連れてってやろうと思ってたのにー?」
 「興味ない。」
 きっぱりと言っておく。
 俺は、モテるためにソルジャーになりたいわけじゃないからな。
 あんたと違って。
 「でも、あんたがそんなにモテたんじゃ、他のヤツらは面白くないんじゃないか?」
 あくまでも一般論で、俺がそう思うわけじゃないが・・・。
 俺がそう言うと、男はふと言葉を途切らせ、寂しげに笑った。
 「そう・・・だったんだろうな。ソルジャーになって舞い上がっていた俺は、それに気づかなかった。俺一人がソルジャーに合格して、他の奴等はみんな落ちた。なのに、俺の合格を祝ってくれて・・・なんてイイ奴等なんだと思ったさ。本当に、俺の合格を喜んでくれているとばかり思ってた。けど・・・そうじゃなかったんだな。気づいた時、『トモダチ』はいなくなっていた」
 
 
 
 
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