導く手・3

 新人兵士数十名を犠牲にしたあの一件を踏まえ、アイシンクルエリアで行われるはずだった環境適応訓練が延期されていた。
 それまでは淡々とした雑務や訓練を与えられることが多くなり、影では「アレのお陰で最近の任務が楽になってラッキーだ」とか言ってるヤツもいた。
 俺も怪我のせいもあってキツイ任務からは一時的に外されたが、内心では『余計なお世話だ』と思っていた。
 身体を酷使するぐらい働いて、クタクタになるまで疲れたい。そうすれば余計なことを考える暇もないし、夢を見る間もないほど深く眠れる。
 自分で、理由もわからないまま苛立ちを募らせているのがわかる。
 「クラウド、最近顔が怖いぜ?まるで、入隊したての頃みたいだ」
 同期の男に、そんな風にも言われた。
 未だに返せずにある、ポケットの中のカードも、そんな俺の苛立ちの一因であるかもしれない。




 
 あれ以来、あの男には会っていない。
 いつでも返せるようにと、常にカードを持ち歩くようにしているのだが。
 前は、なんでコイツがこんなところに!?というような場所まで現れたのに。
 ソルジャーのクセに下級兵士の宿舎を訪れ、後輩兵士に(いかがわしい)ディスクを借りたりしている男だから、どこかで会うチャンスがあると思っていたのだが・・・・。
 まさか・・・。
 偶然にしては出来すぎていると思えた数々の場面。
 (実は、俺を待ち伏せしていた・・・・!?)
 ふと浮かんだ考えを、ぶるぶるを頭を振って追い出す。
 思わず、鳥肌が立っている。
 (絶対無い。それはない。偶然偶然。俺、クジ運悪いし・・・・)
 相手はソルジャーだし、こっちは一般兵。
 多忙なソルジャーを一般兵が仕事以外で見かけることは稀で、この状況は至極当然。
 だが、あの男のこととなると・・・・こうまで見かけないというのは、逆にあの男の方が会わないように避けているのではないかとさえ思える。
 なぜ?というと。
 (・・・俺に、カードを返させないようにしているからだとしか・・・・)
 お節介で、後輩には親切にしてやったりしているのだが、こういう子供じみた嫌がらせもやる男なのだ。
 だが・・・自分は困らないのか?
 身分証明以外にも、神羅ビル内では財布代わりになるしセキュリティチェック・エリアへ入るのにもこのカードは必要だ。
 俺が部屋を借りている間は、「他のソルジャーと一緒に入るから平気だ」とか言っていたような気もするが・・・流石に、不便ではないのか?
 
 



 ハッとして俺は顔を上げる。
 今、視界の端を、黒いモノが通らなかったか?
 「ザックスさんっ!!」
 俺の声が聞こえないのか、もしくは聞こえても無視しているのか、黒髪の男が廊下の角を曲がり消えていった。
 「おいクラウド!どこ行くんだよ?訓練始まるぜ?」
 男を追いかけようとした俺の背に同期の男が声をかける。
 「先に行っててくれ!」
 俺はそれだけ言い、廊下に駆け出していった。





 間違いない。間違えようもない。
 黒髪の男の背が、そこにある。
 俺の近づく足音も聞こえているハズなのに、立ち止まろうとも振り返ろうともしない。
 (何考えてるんだ!?あの男はっ!!)
 こっちは探したくもないものを、返し忘れたカードのせいでずっと探さなければならなかったんだ。
 ここで逃がすものか!!


 
「ザックスッ!!」


 俺の声に、男は弾かれたように振り返った。
 驚きに目を少見開き、立ち止まる。
 「・・・・・さんっ!!」
 やっと追いついた俺は、肩で息を吐き呼吸を整えた。
 「・・・なんで逃げるんですかっ」
 俺の言葉に、ふと我に返ったようなカンジで、繕うようにおどけた表情を作る。
 「・・・・あちゃーっ」
 「何が『あちゃー』ですかっ!!」
 付き合いきれないとばかりに、俺はポケットから出したカードを突き出す。
 「・・・返し忘れていたカードです。俺にはもう用のないものだから。長々お借りしたままになってしまい、すいませんでしたっ」
 「あー・・・・」
 男は、不機嫌に眉を吊り上げている俺とカードに目を移し、「うーん」と上を向く。
 「・・・俺、もうすぐ訓練なんで、時間ないんですけど」
 『さっさと受け取れ』と、再度カードを突きつける。
 本当なら、叩きつけてでも返したいところだが、辛抱強く俺は男がカードを受け取るのを待っている。
 だが、男は手を出さず、逆に自分のポケットに手を突っ込んで「じゃーん」とかいう擬音と共に何かを取り出した。
 「再発行してもらった♪」
 男の手には、俺が持っているのと同じカードが。
 「はああああっ!!?」
 「俺、結構カード無くしてるからな。今回も『またかよ?』ってカンジですぐ再発行してくれたぜ」
 呆気にとられている俺を他所に、男は自慢げに言ってくれる。
 何度も言うが、IDカードは神羅での身分証明。万が一にも偽造されることがないよう、神羅の最新技術が使われてるし、再発行となると何重にも審査される。
 そんなに簡単に作れるものじゃないのだ。
 それをこの男は・・・・・っ。
 「ってことで、ソレ返さなくてもいいぜ。お前にやるから、持ってろよ」
 「馬鹿なこと言わないでください!いりませんよこんなものっ!!」
 どこまでソルジャー規格外なんだこの男はっ!!
 なんで俺は、この男に振り回されなきゃならないんだっ!!?
 「ヒデーな。これでも、ソルジャーなんだぜ?俺は。持ってればご利益あるかもよー?」
 ヘラヘラとした笑みを浮かべて言う男に、俺は脱力する。
 話をするだけ、無駄に思えてきた。
 「・・・わかりました。あとで俺が責任を持って処分しておきます」
 盛大な溜息と共に、俺はそう吐き捨てた。
 さっさと戻ろうとした俺に、男は声をかける。
 「怪我、治ってきたな。もう大丈夫なのか?」
 「は?」
 何を今更・・・と思ったが、この男がお節介なのは今に始まったことじゃないか。
 「痛みもほとんどありませんし、今日から通常訓練に参加します」
 「そうか」
 にぃっと男が笑う。
 「じゃあ、がんばれよ」
 思いの他あっさりとそれだけ言い、男は軽く手を上げた。
 俺は怪訝に思いながらも、会釈だけして訓練に戻っていった。






 ・・・結局、返せなかったな。
 カードさえ返せば、あの男との縁も切れると思ったのに。
 ポケットに残ったカード一枚にずっと振り回され、苛々させられてきたのに、まだ終わらない。
 ・・・いや。振り回されたのも苛々させられるのも、カードのせいじゃなくあの男のせいじゃないか。
 けれど、コレを処分さえしてしまえば、全部終わる。
 さて・・・どうやって処分しようか。
 今までの恨み晴らしもかねて、切り刻んでやろうか、それとも燃やしてしまおうか。
 ふと足を止め、俺は廊下の隅に設置されたゴミ箱に目をやる。
 (・・・・これが一番、簡単か?)
 中を覗き込むと、紙くずが溜まっていてカードの一枚くらいその中に埋もれればわからなくなりそうだった。
 (・・・そういえば、今日がゴミの収集日じゃないか?)
 あの男は、ちゃんと自分でゴミを出しただろうか?
 (・・・出してないだろうな)
 ソルジャーという任務の忙しさもあるが、あの男は生活面ではとことん無精なのだ。
 2・3週間分なら、平気でごみを溜めているような。
 それまで自炊していなかったから、生ゴミが出るわけではないので多少ならばゴミを出し忘れても大丈夫だったが。
 (冷蔵庫にも野菜残っていたな・・・ミルクも)
 自分で出して食べればいいが、任務が重なると帰ってきた頃にはカビが生えてる、なんてことになりかねない。
 (・・・紅茶も置きっぱなしだ・・・)
 流石に紅茶くらいは一人でも淹れれるだろうか。
 「・・・・・・・」
 気が付けば、ゴミ箱の前で小一時間固まっている。
 (母親じゃあるまいし、なんで部屋を出た後まで、俺が冷蔵庫の中身やゴミの処分の心配までしてやらなきゃならないんだっ!?)
 一人憤ったところで、心の内のモヤモヤは晴れない。
 3ヶ月の間に主婦根性が染み付いてしまったのだろうか。
 ポケットから出したカードをじっと見つめる。
 (捨てる前に・・・一度様子を見に行ってみようか・・・・)
 いや、それではあの男の思う壺だ。
 恐らく、あの男はいつでも部屋に戻れるようにと、カードを受け取らなかったんだから。
 「・・・・・・・・・・・・」
 腹が立ってきた。
 こんなことに悩む俺自身に。
 

 「クラウド!」


 急に呼ばれた俺は、慌てて持っていたカードをポケットに突っ込む。
 「何やってるんだよ?そんなところで?」
 ゴミ箱の前に立ち尽くす俺を怪訝に思い、同期の男が声をかけて来たらしい。
 「・・・いや、なんでもない」
 俺は言い、ポケットの中でカードを握る。
 「ふーん。まぁいいや。ところで延期してたアレ、来週になったぜ」
 「アレ?」
 聞き返す俺に、男は顔をしかめた。
 「環境適応訓練だよ。アイシンクルエリアでやるって言ってた。俺、寒いの苦手なんだよなーっ」
 男は身体を縮めて、身震いして見せた。
 アイシンクルエリアは世界でもっとも北に位置し、通年雪と氷に閉ざされた過酷な環境にあった。
 劣悪な環境でもそれに対応した訓練が兵士には必要である。
 だが、アイシンクルエリアの魔物は比較的強いモノが多く、無謀な作戦から犠牲を多く出した例の一件もあって延期されていた。
 魔物は強いし環境も最悪ということで、訓練に参加する多くの兵士はこの男と同じ顔をしていることだろう。
 だが、いつかはやらなければならない訓練だったのだ。
 それならばさっさと済ましてしまった方がいい。
 「この前あんなことがあったばっかりだってのに、無謀すぎると思わねぇ?俺たちまだヒヨっ子だぜ?」
 「寒冷地での訓練なら、マテリアの支給があるかもな」
 俺の言葉に、男は肩を竦める。
 「マテリア支給されたぐらいで、どうにかなるってモンじゃねえって。MPだって俺たち少ないんだからさー?」
 ぶつぶつと文句を言いながら、男は俺に書類を渡した。
 そこには、環境適応訓練の予定や訓練の内容が事細かに書かれている。
 上から順に目を通し、最後の行で、俺の視線が止まる。
 「・・・・・・・」
 「けど、やっぱ上もアレがあって考えたんだろうな。こんなチャンス滅多にないよな。俺たちの訓練に、ソルジャーが同行してくれるなんてさ!」
 



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