導く手・2

 3ヶ月なんてあっという間だ。
 実際には、3ヶ月も経っていないのだが、それでもソレが「あっという間」だったことに変わりはない。
 『誰か』のお陰で、この数ヶ月の時間の経過は、恐ろしく早く感じていた。
 朝起きて朝食を作り、その『誰か』を起こして任務と訓練に向かう。
 くたくたに疲れて部屋に戻っても、休む暇もなく洗濯・掃除・夕食の仕度。
 たまの休日には買出し。静かに勉強をと思っても、『誰か』が邪魔をしてはかどらない。
 『俺は何のためにここにいるんだ?』と自問自答の日々だった。
 それでも・・・この部屋に全く利点がなかったわけじゃない・・・よな。
 6人一部屋。自分のスペースはベッドの上だけという下級兵士の宿舎に比べれば、この部屋は広いし電化製品も揃っていて快適だ。
 壁が薄いせいで、隣の部屋のヤツのいびきまで聞こえてくる、ということもない。


 「・・・さびしくないか?」

 
 荷物をまとめたカバンを抱え、エレベーターの到着を待つ俺に、男はそんなことを言った。
 「どうしてです?俺が戻るのは6人部屋ですよ?うるさいくらいです」
 「いや、そうじゃなくて・・・なんつーか・・・・」
 俺の答えは的を外していたのか、男は頭を掻いて言葉を濁した。
 口を結んで視線を彷徨わせ、的確な言葉を探す。
 「心配・・・・なんだよ」
 「・・・・はぁ?」
 何だソレ?とは口には出さないが、内心で呆れる。またお節介か。
 「・・・確かに、俺はこの前の任務で不覚をとってこのザマです。けれどそれは俺の責任であって、ザックスさんに心配される謂れはありません」
 「いや、だから、そうじゃ・・・・」
 「それでなくても、何に対してもあなたのご心配には及びません」
 「・・・・・」
 無表情、かつ事務的に。
 この数ヶ月で、だいぶ俺は感情を顔に出さないことが出来るようになっていた。
 しょっぱい顔で口をもごもごと動かしていたが、男は何も言わず、ほどなくしてエレバーターも到着する。
 俺はポケットからカードを取り出し、さっさとエレベーターに乗り込む。
 これ以上男に何かを言わせる隙を与えないように。
 何の名残もないという俺の態度に、男は開きかけた口を閉じた。
 その口が僅かに笑みを形作る。
 「まぁ・・・なんだ・・・その・・・がんばれよ」
 閉じかけた扉の隙間から手を振る男に、俺は改めて頭を下げた。
 「・・・お世話になりました」





 動き出したエレベーターに中で、俺はほっと息を吐き肩を落とした。
 自分で思っても見ないほど、力が入っていたみたいだ。妙な脱力感に襲われる。
 あの男に部屋に連れ込まれてからの数ヶ月より、部屋を出ることを告げ、このエレベーターに乗るまでの間の方が、長く感じたような気がする。
 最初から、3ヶ月だけという話だったハズだ。
 けれどその3ヶ月というのは確実なモノではなく、それ以上に伸びる可能性もあった。
 何しろ、部屋が空かないと戻れないのだから。
 3ヶ月というのは、だいたいその時期に新規の入隊者が辞めていくからだ。
 もし辞める者が誰もいなかったら、部屋も空かず、俺も戻れない。
 でも、伸びる可能性があるなら、当然縮む可能性だって考えられたはずだ。
 なのにあの男は・・・俺もだが、そっちの可能性のことをなぜか考えていなかった。
 あまりに呆気ない展開に、喜ぶことも出来ず呆然としている。
 『部屋が空いたから、戻れるぞ。・・・どうする?』
 あの任務で傷を負い、手当てを受けていた俺に向かって上官はそう言った。
 その言葉を聞いた俺は、なぜそんなことを言われるのか?とさえ思った。
 後でその理由を知った。
 俺を共に行動していた、あの青年が死んだのだ、と。



 エレベータがガクンと揺れ、俺は我に返る。
 俺は荷物を抱えなおし、エレベーターから降りる。
 途端に、警告音が鳴った。
 「な、なんだ?」
 慌てて戻れば、カード挿入口からIDカードが吐き出されたままになっている。
 半分覗くカードには、あの男の顔写真が。
 「・・・・ったーっ!!」
 あまりの大失態に、俺は思わず頭を壁に打ち付けたくなった。
 だが、まだ包帯を巻いたままの頭でそれをするワケにもいかず、抱えるだけに留める。
 もう二度とあの男の部屋に戻ることがないように、忘れ物がないか何度もチェックしたはずだったのに・・・!
 しかし、このカードがなければ、エレベーターを動かすことも出来ず・・・・。
 (・・・どうする・・・?)
 今から返しに行くか?
 IDカードは神羅での身分を証明する重要なモノだ。もう必要ないのだから、俺が持っているべきではない。
 だが。
 あの男が、カードを返し忘れていた事に、気づいていないなんてことがあるだろうか?
 今頃、エレベーターの前でニヤニヤしながら戻ってくるのを待ち構えていたりして。
 (・・・あの男なら、あり得る・・・・っ!)
 心配の必要はないなどと大口を叩いておいて、この失敗。
 恥ずかしさのあまり、顔から火が出るとはこのことだ。
 しばらく頭を抱えたまま、悶絶してみたが、その間も警告音は止まない。
 俺は恨めしげにカードを睨み、乱暴に抜き取った。
 警告音は止み、俺の手にはカードが残る。
 澄まし顔の写真を見つめ、俺は溜息を吐く。
 だめだ・・・今戻る勇気は、俺にはない・・・・。
 (どこかで会った時に、返そう・・・)
 がっくりと肩を落とし、俺はカードをポケットに突っ込んだ。





 夕食を食堂で食べるのも、久しぶりだ。
 下級兵士の宿舎には、自炊できるキッチンがない。
 数百人ほどの兵士たちが席に座り、雑談しながら食事をとっている。
 俺は顔見知りのいるテーブルを避け、食堂の隅にあるテーブルに座る。
 ・・・なぜだろう?
 いつもは聞き流せるはずの周囲の雑音が煩わしい。
 IDカードの失敗でイライラしているのもあるが、今日は随分と他人の声が大きく聞こえた。
 「この前の任務の話・・・聞いたか?」
 「ああ、酷かったってなー。何人死んだって?ありゃ完全に上官のミスだよな」
 「両手じゃ足りないらしいぜ。近くに魔物の巣があるってのに、新人兵だけで行かせたんだろ?」
 俺は一瞬、食事の手を止める。
 もしかして、俺たちの任務の話か?
 俺はあの任務の結果も、被害も詳しくは聞いていなかった。
 「被害出しすぎってことで、その上官は格下げ。まぁ、下級の兵士なんて捨て駒みたいなモンだけどさ、やっぱ殺しちまうのはマズイもんなぁ」
 あの男だけじゃなかったのか・・・死んだのは。
 ズキッと傷が疼いて腕をさする。

 
 『・・・大丈夫か?』


 そう言ったそばかす顔の素朴な笑顔が頭に浮かんで、胸が詰まった。
 ・・・その死を悲しむほど、その男と付き合いがあったワケではないし、知っているわけでもない。
 生まれは田舎。家族は両親と、兄弟が5人。二人は新規入隊し、三人は田舎に残してきている。
 そんな話を聞いただけだ。
 ああ、畑を耕して生計を立てていたけど魔晄炉のせいでダメになったとかいう話も聞いたっけ?
 それで、田舎に残った家族を養うために神羅に来たとか。だけど本当は・・・・。
 「あの・・・」
 遠慮がちな声に振り返ると、私服の男が立っていた。
 宿舎の中でも、制服のままで移動するのが一般的だ。
 こうして私服を着ている者は大抵、書類の束と大きな荷物を持ってる。・・・神羅を辞める人間だ。
 この男も、それに漏れず書類の束と大きな荷物を持っていた。
 そして、その男の顔には見覚えがあった。
 さっきまで、俺の頭に浮かんでいた男の顔だった。
 
 
 


 「スイマセン。俺・・・・折角先輩に部屋、譲ってもらったのに、神羅辞めることになりました」
 男はそう言って頭を下げた。
 「・・・あぁ」
 かける言葉がなく、俺はただ頷く。
 慰めの言葉をかけるのも白々しく、かと言って励ますのも違う気がする。
 「あの・・・・」
 ぐっと拳を握り、躊躇いながら男は続ける。
 「兄さんと・・・・最後に組んでいたのが、あなただと聞いて・・・・兄さん、何か言ってませんでしたか?」
 「・・・何か?」
 「俺たちのこととか・・・親のこととか・・・・兄さん、最期に何か・・・・」
 「・・・・・」
 縋るような視線から、俺は顔を逸らす。
 最期も何も・・・・俺が聞いたのは絶叫だけだ。俺は気を失い、あの男の姿を見ていない。どうやって死んだのかも。
 気が付いた時、俺の周囲を兵士とソルジャーが囲んでいた。
 機関銃の先で俺を突付き、「コイツは生きてる」とか言ってたな。
 その後、他の負傷した兵士と一緒に担架で運ばれたが、その中にあの男はいなかった。
 あの絶叫から、相当な傷を負っているだろうと予想していたが・・・死んでいたとは思わなかった。
 「・・・・あぁ」
 一つ思い出し、俺は顔を上げる。
 「・・・帰りたい、と言っていた」
 「帰り・・・たい?」
 「直接そう言ったわけじゃないが・・・そんなようなことを言っていた」
 俺が頷くと、男は顔をくしゃっと歪ませた。
 「そう・・・ですか。やっぱり兄さんは・・・・・」
 顔を真っ赤にして鼻水をすする。男の手には、小さな木箱が握られていた。
 「俺・・・神羅を辞めるって言ったら、上官に『兄貴が死んだから、逃げるのか』って嫌味言われて・・・でも俺、兄さんを故郷に連れて帰りたかったから・・・」
 硬く握った手を開き、男は木箱を俺に見せる。
 「コレ・・・兄さんです。これしか残ってなかったって。でも、これだけでも、俺連れて帰ります。兄さんを故郷に・・・・帰してやるんです・・・・」
 「・・・それがいい」
 俺がそう言うと、男は深々と頭を下げて礼を言い、宿舎を出て行った。



Back <<Top>> Next