ミルクティー1

 買い物を終えて部屋に戻ったのは7時半。
 今朝整理した荷物を片付け終わったのは9時。
 そして今・・・・11時を過ぎようとしている。
 俺はテーブルの上に頬杖をつきながら、冷え切った夕食を眺めていた。
 あの男の『ソルジャー』という職業のことを考えれば、腹を立てる気にはならないが、それでも少し・・・。
 「・・・・何やってるんだ?俺は」
 突如湧き上がった疑問に、俺は眉を寄せる。
 母親や恋人じゃあるまいし、夕食まで作ってあの男が戻ってくるのを待つ義理なんかない。
 だいたい、ここに俺がいること自体、騙されたようなものだ。
 俺が元いた訓練兵の宿舎に空きが出るまでに3ヶ月かかるとして、それまであの男の世話をしなければならないのだ。
 「部屋の掃除と起床の手助け」でこの部屋に仮寓することになったが、朝起きれない男に朝食の用意は出来ず、こうして夜も遅いのだから夕食も作れるはずがない。
 ならば、食事の用意も誰の仕事になるか・・・考えずとも決まってしまっている。
 もっとも、仮に先に仕事を終えて部屋に戻ったとしても、カップラーメンのゴミで山を築いていた男に、料理をさせる気にはなれないが。
 ソルジャーである男を散々罵倒するという非礼の侘びに、それらの『仕事』は引き受けるとしても・・・『戻るのを待つ』のは必要ないんじゃないか?
 「・・・寝よう」
 馬鹿らしいことに睡眠時間を削らされてしまった。
 明日の訓練は朝早いのに。
 そもそも、なんであの男を待とうなんて思ってしまったのか。
 

 『いってきまーすっ!』


 ああ、あの家族ぶった言葉に惑わされたのか。
 (・・・ホントに馬鹿だな)
 イライラした気分を振り払うように、俺は立ち上がった。
 その時。
 「たっだいまーっ!!」
 無駄に明るいデカい声とともに部屋の主が戻ってきた。
 (・・・今何時だと思ってるんだ・・・)
 防音はしっかりされているとは思うが、これが訓練兵の粗末な宿舎だったら大顰蹙ものだ。
 (・・・先に寝てればよかった・・・)
 後悔も新たにしながら、平静を装う。
 「お・・・・・遅かったですね。夕食は作っておきました。悪いですけど俺は先に・・・」」
 思わず出かかった言葉を飲み込み、事務的に続けようとした俺に、男はずかずかと近づいてくる。
 「・・・・なんですか?」
 「『おかえり』は?」
 至近距離から見下ろす男は、子供のように口を尖らせている。
 その姿に、俺は思ってはいけない疑問(コイツ、ホントにこれでソルジャーなのか?)を押し込める。
 「・・・おかえりなさい。ザックスさん」
 これは『命令』。そう思えば、この家族ごっこも我慢できないこともない。
 「よしよし。やっぱコレだよなー。同居人がいるってことはさ」
 (『コレ』ってなんなんだよ・・・)
 満足げに何度もうなづく男に、心の中で毒づく。
 「でも、『さん』はいらないって。何回も言ってるだろー?敬語もナシナシ。なんつーか、他人行儀じゃん?」
 「・・・・夕食は冷めているので、温めなおしてください。食器は片付けておいてくださいね、ザックスさん
 嫌味たっぷりに強調すれば、男は苦いものでも飲まされたような顔をして口をつぐむ。
 口には出さないが、また『可愛くねー』とか思ってるんだろう。
 「機嫌悪いなー。まぁ、待たせちまった俺が悪いんだけどよ」
 「別に待ってません。今寝るところだったんですから」
 なんでこの男は、さらっと『待たせた』なんて言葉が出てくるんだろうな。
 (なんで俺があんたを待たなきゃならないんだ)
 「そうそう、夕べは寒くなかったか?毛布、いらないってヤツがいたんで、もらってきたぜ」
 男はいそいそとカバンから毛布を引っ張り出す。
 「俺は・・・。寒かったのは、ザックスさんの方でしょう?」
 元々一人で暮らすことが前提となってるこの部屋に、余分な毛布があるハズもなく、昨夜はソファで上着を被って寝ていた。
 それが朝起きてみれば、この男の毛布がかけられており、男はベッドの上で丸くなって寝ていたのだ。
 呆れる俺に、この男は「俺は丈夫だから」と笑っていた。
 「そのうちベッドも買ってやるからな」
 男は毛布を差し出しながら、事も無げにそんなことを言う。
 「何を馬鹿なこと言ってるんですか。3ヶ月しかいないのに。必要ありません」
 きっぱり断っておかないと、この男なら本当にベッドを買いかねない。
 「うわー。3ヶ月キッチリで出て行く気満々かよ」
 「当たり前でしょう」
 俺がそう言うと、男は苦笑した。
 「でも、3ヶ月って意外と長いぜ〜?3ヶ月で本当に部屋が空くかどうかわからないしな。それまでずっとソファでってのは・・・・」
 言いかけて、ポンと手を打つ。
 「あ。・・・・俺の部屋で寝るか?一緒に?」
 「き・・・気色悪いこと言わないでください!俺は寝ますよ!明日は早いんですから!」
 この部屋に連れ込まれた時のように、ベッドルームに引きずられてもたまらない。
 俺は言い捨てて、男の手から毛布を引っ手繰った。
 「なんだ残念〜。今夜こそ、アレを一緒に見ようと思ったのになぁ?」
 男はケラケラ笑いながら、夕食の上にかけていた布をめくる。
 (まだ返してないのか・・・)
 この男は、どうしてもあの如何わしいディスクを俺に見せたいようだ。
 (いい加減、諦めてくれ・・・)
 「おー、うまそー。お前が作ったんだよなぁ?これ。すげーな。料理作れるのか。なに?今まで一人暮らししてたとか?」
 作ったのは簡単なスープとサラダ。それに肉料理。手の込んだことは何もしていないが、随分と褒める。
 「・・・か、関係ないでしょう。あなたには」
 それぐらいの言葉に気を良くしたりは・・・・と思いながらも、表情は緩んでしまう。
 この、冷静な表情を保てないのが、自分の嫌いなところだ。
 「掃除したのか?部屋が綺麗になってる。おー、跨がなくても歩けるぜー」
 俺に構わず、男は自分の部屋の変化を確認する。
 「おー、買い物もしてくれたんだな。サンキュー」
 「・・・・後で代金は請求しますよ。俺はまだ薄給なんですから」
 冷蔵庫を覗き込み、中身を確認する男に釘をさす。
 未だ訓練生の俺に、高給取りのソルジャーが代金を踏み倒す・・・ことはないと思いたいが。
 「おっけーおっけー。・・・お、牛乳もある」
 「・・・今朝、零しましたからね。あなたが」
 にやーっと笑って振り返る男に、しっかりと付け加えてやる。
 身長を気にしていることは事実だが、この男にそうだと思われるのは癪に障る。
 「あれ?でも飲んでないじゃん。なに飲んでんだ?」
 テーブルの上のマグカップを覗き込み、男は尋ねる。
 カップに入っているのは、琥珀色の液体。
 「紅茶ですよ。もらったんです」
 買い物のオマケにもらった茶葉を、テーブルの上に出してやる。
 「へぇ・・・変わった香りだなぁ」
 「ダージリンです。いいものなんですよ」
 マグカップを鼻先まで近づけて匂いを嗅いでいる男に教えてやる。
 「よく知ってるなぁ?」
 カップから顔をあげた男と目が合い、匂いを嗅ぐ仕草を犬みたいだと思い、笑いそうになった俺は慌てて取り繕う。
 「母さんが好きで・・・・よく飲んでいたから・・・・」
 「へぇー・・・」
 感心したように言った男が、また笑っている。
 「・・・お前の家族のこと、初めて聞いた」
 心底嬉しそうな笑顔で、椅子に座る。
 「俺にも一杯、な」
 そして、当然といった調子で、俺にマグカップを差し出してくる。
 (・・・・俺、先に寝るって言ったよな?)
 どうやら、それは許してもらえないようだ。
 明日の起床のキツさを考えて溜息を吐きながら、俺はカップを受け取った。




 昼食をとるため入った食堂では、奇妙な雰囲気が漂っていた。
 俺はそれに気づかないフリで椅子に座るが、絶え間なく注がれる視線にうんざりする。
 複数の訓練兵・一般兵にも、あの男に連行されていくのを目撃されているのだから、俺があの男の部屋に同居していることは知られているはずだ。
 だが、表立ってそれを聞いてくる者はいなかった。
 あの男は管理部の許可はとったと言っていたが、正式な許可ではないだろう。
 そのため、その件については緘口令でも敷かれているのかもしれない。
 ・・・ソルジャーなのだから、それぐらいは出来そうだ。
 「・・・まだ見つからないのか?」
 正面に座った同期が、俺の眉間にできたシワを見てそんな事を言った。
 「・・・?」
 「この間言ってたヤツ。ヘンな目をしてるって」
 「ああ・・・」
 「・・・金でも貸してるのか?」
 同情するような口調で言われ、俺はそんな深刻な顔をしていたのかと苦笑する。
 「そんなんじゃない」
 「ふーん・・・」
 同期はそれ以上突っ込んでくる気はないようだ。
 別に、あの男を捜していたわけではない。
 貸した物があったのでもないし、借りた物もない。
 会いたいと思っていたとか、会おうとしたというのでもないのに、奇妙な状況下で、たまたま居合わせることがあったというだけ。
 それだけの偶然の重なりで・・・なんでこんなことになったのか。
 あの男は簡単に、自分の部屋に俺を住まわせることを決めたが、本当ならそんな勝手なことができる筈がなかったのだ。
 自分の部屋とはいえ、それは神羅から与えられたもの。
 ソルジャーの宿舎も神羅の管轄内。
 エリートソルジャーなら多少のワガママも融通してもらえるのかもしれないが、コレはそんなワガママで許されることなのだろうか?
 そんな無茶を通してまで、なぜ・・・・?


 「おーっクラウドー!元気かー?」


 大声で名前を呼ばわり、ぶんぶんと両手を振って己の存在をアピールするデカい物体から、俺は目を逸らした。
 (いい加減にしてくれ・・・・)
 これは何か、新手の拷問だろうか?
 移動途中の廊下、訓練室・・・・・あらゆる場所で目ざとく俺を見つけ、馬鹿でかい声をあげて手を振ってくる。
 それだけなら無視して、無関係を装えばいいのだが、わざわざ名前を呼んでくれる。
 その度、忍び笑いが漏れ聞こえ、俺は顔から火が出る思いをするのだ。
 迷惑以外の何者でもない。
 俺がこの男と同居していることが秘密であるなら、こっちの方もありがたい。
 ・・・この男に関わりがあるあるなんて、思われたくない。
 なのにこうして・・・同居の件を知らない者にまで、『この二人は何かある?』とわざわざ教えるような言動をしてくれる。
 「午後もがんばれよ〜」
 俺の無視にめげた様子もなく、男は他のソルジャーに腕をとられて行ってしまった。
 ソルジャーの疲れたような表情に、「ああ、この人もあの男に苦労させられてるのか」と同情する。
 本当に・・・あの男はソルジャーなのか?
 
 
 
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