始まり 3

 首を抱え込まれ、ゴミ袋を持ったままの俺が黒髪の男に連れて行かれるのを、通りすがりの訓練生・一般兵たちが唖然と見送る。
 普段は他人の視線など気にしない俺だが、今回ばかりは気にならないはずもない。
 エレベーターに乗ったところでやっと男の太い腕から解放されたが、しばらくは文句を言う気にさえならなかった。
 「俺も最近、部屋移ったばっかなんだ。散らかってるけど気にすんなよな。ああ、ベッドは一つしかねぇから、しばらくはソファで・・・」
 こっちが何も言ってないのに、コイツの中ではもう俺が住むことに決まってしまっているようだ。
 「掃除は自分でやることになってる。で、悪ぃけど、俺朝に弱いから起こしてくれると助かる・・・」
 「・・・どういうつもりなんだ?」
 「ん?」
 勝手に進む話に付き合いきれず、俺は口を挟む。
 「俺は、頼んでない」
 「ああ?いいじゃん、部屋空いてないんだろ?」
 「・・・空いてないわけじゃない」
 「でもニガテな奴らの部屋なんじゃないのか?」
 「・・・あんたもあいつらと違わない」
 「あ、ひでぇ。俺は後輩をいじめたりしないぜ?」
 俺は、これ以上ないくらい不快さを言葉に出して拒否しているつもりだ。
 なのに、鈍いのかあえて無視しているのか、男の態度は変わらない。
 「難しく考えるなよ。部屋がなくなったお前のところに、たまたま部屋に空きスペースのある俺が通りかかっただけじゃないか。利害の一致っての?お互い様ってやつさ」
 「利害の一致?・・・じゃあ、俺が住むことであんたに何の得があるっていうんだ?あんたは俺に同情してるだけだろ?そんなの必要ない!おせっかいはやめてくれ!」
 声を荒げた俺を、男は少し驚いたような顔で見ている。
 その顔は、初めて会った時・・・・「子供だ」と馬鹿にしたこいつを、俺が睨んだ時と同じだった。
 「・・・・同情じゃ・・・ないさ」
 男から笑顔が消え、少し寂しげに息を吐く。
 「そんなに身構えなくても、大丈夫だって。お前、いっつもそんな風に考えてるわけ?同情とか打算とか。いいじゃねぇか、それが同情でも打算でも。それでお前が助かるんなら、利用すればいいだろ?一人でなんでも出来ると思うな。一人で出来ることなんて限られてるんだからさ」
 「また説教か。あんたそんなに俺を上から見下ろしたいのか?年上だとか先輩だとか、それがそんなにエラいのか?先に生まれて体がデカくて、俺より先に入隊したってだけじゃないか。子供でチビで、先輩からいじめられているような、俺を相手に優越感に浸りたいだけなんだろうっ!?『なんでも出来ると思うな』?その言葉、そっくりあんたに返すよ。あんたは自分なら俺を助けれるとか思ってるんだろう?あいつらにもあんたが何か言ったのか?そんなことされなくったって、俺は自分で何とかしたさ!あんたの助けなんか必要じゃない!思い上がるなっ!!」
 イライラする。
 なんでコイツはこんなにおせっかいなんだ?
 なんでこんなに他人に干渉しようとするんだ?
 最後まで面倒見る気もないくせに。
 「・・・結構、言うなぁ」
 それまで黙って俺の言葉を聞いていた男が、ぽつっと言った。・・・・嬉しそうに。
 「・・・何笑ってんだよ」
 言うだけのことを言ったので、もう怒鳴る気にもなれない。
 「え?俺笑ってた?あー悪ぃ」
 言いながら口元を隠すが、遅いだろ、それ。
 俺が睨むのを見て、男は取り繕うのを止め、晴れやかに笑った。
 「いや、今までお前、『余計なお世話だ』とか『あんたに関係ない』とか、短い言葉しか言わなかったから・・・俺のことを言ったりもするんだな、って」
 「・・・・・」
 優越感に浸ってるとか、思い上がってるとか?
 ・・・それを言われて嬉しいものか?普通。
 「お前相手に、優越感も何もないって。俺はもっと上を見てるからな。そんなの考えてらんないの」
 上を見上げ、わざとらしく「はっはっは」と笑う。
 「・・・じゃあ上だけ見てればいいだろう。下にいる俺に構うことない」
 付き合いきれないとばかりに溜息を吐いた俺に、男は「ホンットに可愛げないなぁ」とつぶやいた。
 ・・・だったらほっといてくれ。
 「だから、たまたまだって言ってるだろ?たまたま困ってるヤツを見つけて、それを俺はどうにかしてやることが出来て。そいつを助けることで俺に得になることはなくても、損になることもない。だったら、どっちでもいいじゃん。俺は助ける方を選んだだけ」
 「・・・・余計なお世話だ」
 「お前、あいつらと俺は違わないって言ったじゃん。なら俺んトコくるのもあいつらの部屋に行くのも違いがないわけだろ?けど、5匹の狼がいる部屋と狼一匹の部屋じゃあ違うよなぁ?」
 「・・・・それは・・・・」
 「それに、ずっとなんて言ってないぜ。どうせ新規で入ってきたやつらも、3ヶ月すれば減るだろうし。そうすれば、お前も元の部屋に戻れるかもしれないだろ?それまで、俺の部屋を『貸して』やるよ。タダじゃないぜ。お前がいる間、部屋の掃除はお前の仕事な。朝、俺を起こすのも」
 「・・・・・・」
 どうやっても、逃げられそうにない。
 これ以上何か言っても、逆に言いくるめられてしまいそうだ。
 このまま、このヘラヘラ笑う男の言いなりになる気はないが、かと言って注目を集めながら移動してきた今戻れば、また好奇の目に晒されることになるのは明らかだ。


 (・・・非常階段から戻るか・・・)


 うんざりした気分で、通過フロアを示すディスプレイを見上げる。
 「・・・・・・・」
 やけに高いところまで上がっていく。
 ボタンを押し間違えてないかと、横目で男を見るが、一般兵のフロアを通り過ぎても表情は変わらない。
 この宿舎は上階ほど階級が高い者が、低いほど下級兵士が入居するようになっている。
 訓練教官の入居フロアさえも通過した頃には、俺の背中にはイヤーな汗が流れていた。
 (・・・・ウソだろ・・・?)
 ディスプレイの数字が一つ上がる度、絶望感が増していく。
 「お、着いたぜ」
 ポンという軽い電子音がしてエレベーターが止まった。
 だが、扉は開かれず、開閉ボタンが点滅する。
 「はいはい、っと」
 男がポケットからカードを取り出し、挿入口に差し込む。
 (セキュリティ・チェックエリア・・・・・・)
 下級兵士のフロアは誰でも自由に出入りできるが、上層階は部外者の立ち入りを禁じている。
 それがあるということは・・・。
 「ホラ、来いよ」
 扉が開いたのに、いつまでも動けないでいる俺の腕を、男が掴む。
 いつもなら振りほどくか払いのけるかしているハズだ。
 だが、もうそれは出来なかった。





 「ここ、俺の部屋」
 ニカッと振り返って指差すドアには、『ザックス』というネームプレートがあった。
 その名前に見覚えがあり、記憶を辿って、さらに絶望的な気分になった。
 先輩の部屋にあった社報。クラスアップしていたソルジャーのリストにあった、顔写真を切り抜かれていた男の名だ。
 確か、クラスは2nd。
 いまだ正式な兵士でもない俺にとっては、雲の上の存在だ。
 そんな人の部屋の前に・・・なんで俺は立っているんだ?
 しかも、まだゴミ袋抱えたままで。
 思わず、遠い目をしたくもなる。
 (あの時、顔写真も一緒に見ていれば・・・・)
 この誘いを全力で拒否していただろう。
 (なんでよりによってコイツだったんだ・・・・)
 この人の写真を切り抜いていたってことは、あいつらの憧れてるソルジャーもこの男ということになる。いくら俺のことが気に入らないからといっても、その人に何か言われれば、黙って従う気にもなるだろう。
 「どした?入れよ。遠慮するなって」
 正直、このまま逃げたかった。
 けれど、それは許されない。
 下級兵士である俺にとって、ソルジャーの言葉は、それがどんな口調で言われたものだとしても『命令』と同じだからだ。
 5匹の狼と一匹の狼?
 今なら迷わず5匹の狼の群れに飛び込んでいく。
 (狼だって?冗談じゃない、狼どころか・・・・)
 「ほーら、さっさと入る!」
 背中を押され、俺は覚悟を決めた。
 今更逃げられるはずもない。
 「・・・・失礼します」
 俺は魔物の巣窟に入る気分で、足を踏み出した。





 「さっきから気になっていたんだけどさ、お前なんでゴミ袋抱えてんの?・・・まぁいいか。そこにおいとけよ。明日出してやる」
 「・・・・・・」
 これが憧れのソルジャーの部屋・・・・。
 そんな感慨に浸る余裕はなかった。
 バス・トイレ・ベッドルーム付き。冷暖房、その他電化機器完備。
 バス・トイレは共同で、朝には戦場のようになる、今まで生活していた宿舎とは雲泥の広さだ。
 けれど、その広い部屋をダンボールと脱ぎ散らかした服、カップラーメンの山で埋め尽くしている。
 引っ越してきたばかりということで、まだ異臭が漂うまでに至っていないのがせめてもの救いか。
 俺の抱えているゴミ袋を明日出してやるとか言っていたが、絶対明日も明後日も置いたままだ。賭けてもいい。
 そういえば、この男はエレベーターの中で何て言った?
 『部屋の掃除はお前の仕事』?
 (勘弁してくれ・・・・)
 ついさっき、6人部屋の大掃除をしてきたばかりだ。
 「あーまぁ、ご覧のとおりちょっと散らかってるけど・・・ま、気にすんな。な?」
 のほほんとした顔で、よくもこの状態を『ちょっと』などと控えめに表現できるものだと、ある意味感心する。
 「俺、奥で着替えてくるな。適当に休んでいろよ」
 そう言って、器用にゴミを避けてベッドルームに向かう。
 それを呆然と見送る俺に、男は
 「・・・・覗くなよぉ〜?」
 わざとらしく手を胸の前で合わせて言った。
 「だっ・・・・誰が覗くか!!馬鹿野郎!!!」
 真っ赤になって叫ぶ俺を、男は大笑いしてドアを閉めた。
 
 
 


  一人、部屋に残され、ホッと息を吐く。
 改めて部屋を見回し・・・・脱力感に襲われる。
 憧れのソルジャー・・・・憧れの・・・・。
 まぁ、これが現実というヤツかもしれない。
 それに、ソルジャーが負う任務を考えれば、掃除どころではないのかもしれない。
 ・・・・・精一杯の好意的解釈だが。
 いや、今は掃除のことを考えている場合ではない。
 『ここに住むのか否か』だ。
 答えはすぐに出る。『否』。
 冗談じゃない。訓練生が、エリートであるソルジャーの部屋に住むなんて有り得ない。
 厳重に部外者の出入りをチェックしている管理部が、それを許すはずがない。
 大体、ソルジャーが個室使用を許されているのは、任務の機密を守るためでもあるんじゃないのか?それをあの男はわかってないのか?
 幸い、まだ着替えているようだし、今のうちに戻ろう。
 俺の荷物は、あの男が持っていってしまったが、管理部に頼んで・・・。
 (・・・後で、謝罪しないとな・・・)
 同期か少し先輩だと思い込んで、お節介だの偉ぶってるだの散々悪態ついてしまった。
 敬語も使わず、言いたい放題。
 思い返すだけで、頭を抱え込みたくなる。
 現在ソルジャークラス2ndということは、年齢で言うと20歳以上、5年は先輩ということになるだろうか。そんな人なら、14歳の入隊したて訓練生など、子供に見えて当然だ。
 (・・・・ごめんなさい)
 極力音を立てないように、俺は部屋を移動し、細心の注意を払ってドアを閉めた。





 他のソルジャーが部屋から出てこないことを祈りながら廊下を進み、エレベーターまでたどり着く。
 体力的に、非常階段を使うという選択肢が消えていた。
 早く逃れたい一心で、ついボタンを連打してしまう。
 エレベーターの到着を知らせるサインがつくのももどかしく、扉が開くのをイライラと待つ。
 だが、一向に開かない。
 ボタンを押しても、点滅するだけで・・・。
 (・・・・IDカード!)
 このフロアでは、エレベーターの使用すべてにカードが必要なのだ。
 (くそっ・・・仕方ない、やっぱり非常階段に・・・)
 「非常階段の扉も、カードが必要だよ〜ん」
 耳元で間近く聞こえた声に振り返る間もなく、襟首を掴まれる。
 肩越しに振り返れば、勝ち誇ったような笑顔がそこにある。
 「俺、ソルジャーだぜ?人の出て行く気配くらいわかるっての」
 (今更それを言わないでくれ・・・・)
 それを先に言ってくれれば、そもそも最初の段階で断っていたのに。
 そう思いながら、ふと気づく。
 (聞かなかったのは、俺じゃないか・・・・)
 「逃げるなんて、男らしくないじゃないか?別にとって食いやしないって」
 ずるずると襟首を引き摺って連れ戻され、ソファの上に落とされる。
 ラフなTシャツ・ジーンズに着替えた男は、腰に手を当てお説教の構えだ。
 「・・・・すいません」
 俺は小声で謝った。
 それを意外そうに男が見下ろす。
 「けれど、折角のご厚意ですが、共同生活の件は辞退させてください」
 言葉の内容より、あからさまな口調の変化に戸惑っているようだ。
 「・・・部屋の掃除を担当する従卒が必要だっていうなら・・・今までのお詫びにやります。だけどここに一緒に住むことはできない」
 「お詫び・・・って?」
 まるでわからないって口ぶりだ。
 あれだけ言われて・・・気にしてなかったのか?
 「・・・失礼な発言の数々について、です」
 「そんなの、気にしなくていいって。お節介だって、よく言われるしな。俺は、従卒とか・・・世話してくれるヤツが欲しいから言ってるんじゃない。お前の言うとおりだよ。先に生まれたとか階級とか、それがエラいワケじゃない。だから、そんな敬語も気にしなくていいし。ただ、俺は部屋に帰ってきた時に誰かいたら楽しいだろうなって・・・」
 「管理部が許可しません。・・・多分」
 気まずさから、俺はまっすぐ男を見ることが出来ない。
 なぜだか、この話を断ることが後ろめたいような気分になっていた。
 「・・・じゃあ、お前戻るのか?どこへ?」
 「どこへ・・・って」
 「あいつらの部屋、もう空いてないぜ?」
 「はぁ!?」
 あっさりと言われ、思わず素っ頓狂な声が出る。
 「よくあるんだよな、管理部のこのテのミス。お前と同じように、部屋を出されたヤツがいて、あいつらの部屋に入ることになった。お前が入れる空きはないぜ?」
 何も言えないでいる俺に、意地の悪い笑いを浮かべながら続ける。
 「それと、管理部の許可はもう取った。内々にだけどな。このフロアのソルジャーにも話はつけてある。みんな見て見ぬフリしてくれるってさ」
 「い、いつの間に・・・!?」
 「さっき」
 男は笑いながら、ベッドルームを指した。
 開けっ放しのドアから、パソコンと内線電話が見えた。
 (覗くなと言っていたのは・・・・そのためか)
 ヘラヘラとしているようで抜け目がない。呆れ返った手際と根回しの良さだ。
 しかし、そんなに都合よく部屋が埋まるものか?
 (・・・・ハメられた?)
 もしそうだとしても、俺にはもうどうしようもない。
 相手は・・・・
 「そーいや、自己紹介まだだっけ?俺はザックス。ソルジャークラス2nd。これからよろしくな」
 「・・・・よろしくお願いします」
 満面の笑顔で差し出された手を、俺は握るしかなかった。
 力ないそれを、男はがっちりと掴み、力任せにぶんぶん振った。
 (少しは加減しろ!腕がもげるっ!!)
 無言の訴えも届かず、痺れるまで振り回された手をやっと解放した男は、なにやら達成感のある晴れやかな笑顔を向ける。
 「んじゃ、同居記念のお祝いに、コレ一緒に見ようか?」
 そう言って男が取り出したのは、例のいかがわしいディスク。
 俺は耳まで真っ赤になりながら叫んだ。


 「興味ないっつ!!!!」






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■あとがき■
 ザックスとクラウドが出会う話。どこかにないかなーと思っていろいろ検索してみたが、「出会う話」はあるんだが、その時点でもう「トモダチ」になっているのが多かったので、私の大きな疑問である、「ザックスはなぜクラウドとトモダチになったのか?」に挑戦する意味で書こうと思ったのがきっかけ。
 だから、私がこれから書こうとしているのは「トモダチになる過程」であって、「クラウドとザックスが仲良くしている」なーんて話は、ずっと先にならないとない。っていうか、ご覧のとおり、仲良いどころかクラウドさんかなり険悪。
 某氏の唱えたザックラ魔法『ざっくらーま(笑)』によって始まった話であるのに、裏切ってスマンね。