始まり 2

 半年が経つ頃には、同期の訓練生は半分近く減っていた。
 単に、訓練のキツさに耐えかねた者もいるし、訓練中に負傷した者もいる。
 しかし、あれ以降『先輩にいじめられて』という話は聞かなかった。
 喜々として絡んでくると思われていたあの先輩たちにも、あれから会っていない。時々見かけることはあったが、こちらに気づかないのか無視しているだけなのか近づくこともない。
 多少身構えていたので、拍子抜けしているくらいだ。
 訓練の内容も基礎的なものから実践的なものに変わり、過酷さも増したがソルジャーになるという夢に近づいている充足感があった。





 一日の訓練が終わり、真っ先に男たちが向かうのはシャワー室より食堂だった。
 日頃の運動の量がハンパではない男たちだから、その食事の量も並みではない。
 戦場のごとき様相を呈する食堂を前にすると、いつものことながら呆然としてしまう。
 「何突っ立ってるんだよ?メシ食おうぜ」
 同期の訓練生に背を押され、我に返って椅子に座る。
 特に他人と親しくなることはなかったが、何か聞かれれば答えるし、頼まれたことは面倒なことでもやり遂げる。
 それを認められたのか、「付き合いにくいけど、こういうヤツ」と思われたようだ。
 「何?誰か探してんの?」
 食事を前にしたまま手をつけず、周囲に視線をめぐらせているのに気づいたのか、同期が声をかけてきた。
 「ああ・・・」
 気にしているつもりはなかったが、例の黒髪の男を我知らず探していた。
 同じ入隊募集日・同じ会場にいたのだから同期生・・・だと思うんだが。
 あのイヤな先輩たちからの嫌がらせが、全くなくなったことが引っかかっていた。
 あの連中と年齢は同じくらいに見えたが、軍隊の中では年齢より階級が優遇されるし、それなら入隊したばかりの訓練生が何を言ったところで、あの連中には効くはずないだろう。
 だとすると、訓練教官にチクったか・・・・。
 「どんなヤツ?」
 「・・・・黒髪のデカいヤツ」
 俺がそう言うと同期の少年は苦笑する。
 「そんなの、ここに何百人いると思ってんだよ。他に特徴はないのか?」
 「そうだな・・・・」
 記憶を巡ると、あの人懐っこい笑顔が浮かぶ。
 「・・・・ヘンな目をしてたな」
 間近く見つめてくるその瞳が、やけに青く輝いていたことを思い出す。
 「ヘンって・・・どんな風にだよ?」
 「・・・・表現できない。とにかく青くて・・・ヘンな目だ」
 神秘的でもあり、不気味でもある。魔力を秘めて心を惹きつける感じだ。
 それを『綺麗だ』と思ったことは事実だが、その表現は使いたくなかった。





 食事を終え、食堂を出ると私服の人だかりが出来ていた。
 同じ制服の集団生活に見慣れていたせいか、統一性のない服装の男たちに違和感がある。
 だが、その男たちの表情に期待と不安の入り混じっているのを見て、懐かしさを感じた。
 (新規入隊希望者か・・・)
 神羅の入隊募集は半年に一度行われる。
 その1月前にはソルジャー適正試験。
 一般兵だった者がソルジャーに昇格したり、または負傷などの理由で退役した穴を、新規入隊者で埋めていく。
 仕事は過酷で危険も多いが、給料がいいので入隊希望者は後を絶たない。
 今回のソルジャー適正試験は、入隊したばかりなので受けられなかったが、次の試験は受けるつもりだ。
 次の試験までの期間が短いのはありがたい。
 もちろん、それは・・・・ソルジャーの負傷・死亡率が高いせいでもあるのだが。
 (もしかしたら、俺の部屋に一人来るかもしれないな)
 部屋のベッドが、一つ空いたままになっている。
 部屋が狭いので、同室の人間が余った自分の荷物の置き場所にしていた。
 もし新規入隊者が入ってくるなら、そのベッドの荷物を片付けておかねばならない。
 俺は資料室に向かおうとしていた足を翻し、自室に戻ることにした。





 戻った部屋には、すでに新規入隊者と思われる男がいた。
 ・・・・二人。
 ヘラヘラと笑いながら、二人は兄弟で、田舎から出てきたとか、親に仕送りがしたいだとか、ぺらぺら自己紹介したが、俺は別なことが気になっていた。
 その男たちの汚れた荷物が置かれているのが、俺のベッドの上だということだ。
 床には、空いていたベッドに同室の男たちが勝手においていた荷物と一緒に、俺の荷物が置かれていた。
 遅れて戻ってきた同室の男は、二人の兄弟と立ち尽くしている俺を見比べ、肩を竦めた。
 「管理部のミスだろ?」
 そう言っただけで、後は他人事といった風に自分のベッドに寝転がって雑誌を読み始めた。
 雰囲気を察してか、兄弟は居心地悪げに肩を寄せ合っている。
 俺は溜息を吐いて、部屋を出た。





 入隊してから半年が過ぎているが、入隊手続きをした時以外、管理部がある神羅のオフィスに入ることはなかった。
 ビジネススーツの人間が行き来する場所では、汚れた制服がやけに浮いている。
 さっさと用事を済ませてしまいたいのだが、やたらに広いオフィスの中では、どこに管理部があるのかさえわからなくなっていた。
 誰かに聞こうと思うのだが、シワのないスーツにを着た神羅社員たちは、俺を避けるように足早に通り過ぎていく。
 声をかけるスキさえ与えないというように、きっかり3mは距離をとって。
 伝票と書類を相手に繊細な仕事をしている社員たちは、テロリストやモンスターを相手に戦い、ホコリや火薬のにおいにまみれている野蛮人とは、同じ会社に所属していても、『種族が違う』と言いたげだ。
 この制服に劣等感はないが、こうあからさまだとさすがに気分よくはない。
 しかしどうすることも出来ず、半ば途方に暮れていると、後ろから肩を叩かれた。
 「よっ!クラウドじゃん。どうした?」
 旧知の仲のような気軽な声に振り向けば、立っているのはあの黒髪の男だった。
 思わず呆然とする。
 確か、この前会った時、お節介を焼こうとして俺に冷たくあしらわれたんじゃなかったか?
 なのになんだ?この馴れ馴れしさ。
 この前のことなどなかったかのような、気さくな笑顔。
 あの不思議な輝きを宿す瞳で、俺を見ている。
 「な・・・・なんであんた、俺の名を・・・」
 やっと口から出たのはそんな言葉だった。
 だが男は事も無げに言う。
 「ん?管理部のパソコンで登録リスト見た。アレ便利だな。顔も出身も血液型も、身長体重あらゆる個人データが入力されてるのな」
 「リストって・・・・そんな勝手に・・・」
 呆れながら、頭の片隅でこの男にコンプレックスである身長を知られたのかと考える。
 「で、何してんだ?こんなとこで。あ、俺はさ、管理部のヤツに呼び出し食らっちまって、さっきまで説教されてたんだぜ〜」
 「あんたのことなんか聞いてない!」
 あはは〜とお気楽に笑う男の後ろに、『管理部』と書かれたプレートがある。
 聞く手間が省けた。
 「相変わらず可愛げないな〜。・・・トモダチいないだろ?」
 「あんたに関係ない」
 素っ気無く言って、男を押しのける。
 デカイ図体が入り口を塞いでるって気づかないのか?
 「おっと、悪ぃ悪ぃ」
 大げさに飛びのく男を一瞥し、俺は入り口の前に立つ。
 その俺の肩を、黒髪の男はポンと叩いた。
 「ソルジャー目指してるんだって?がんばれよ!」
 振り返ると、男がニッと笑う。
 その手に持った書類に、『ソルジャー』という文字が見えた。
 (コイツも、ソルジャーを目指してるのか?)
 「そのためにも、身長伸ばさなきゃな。牛乳飲めよ、牛乳!」
 「余計なお世話だっ!!」
 
 
 



 結局、原因は単純なパソコンの入力ミスだったらしい。
 かと言って、あの兄弟のどちらかを追い出すわけにもいかず、俺が部屋を移動することになった。
 よりにもよって・・・あの、陰険な先輩たちの部屋に。
 他に空きはないのかと詰め寄ったが、そこ以外ないと言い切られてしまい、妥協する他なかった。
 「まぁ・・・こっちのミスだし、悪いとは思ってるんですよ?あの部屋の人たちと一緒じゃあ・・・ねぇ。狼の檻にウサギを放り込むようなもんだ」
 同情めいた口調で、そう管理部の人間に言われたが、俺が「ウサギ」でなく「狼」になれば問題ないと開き直った。
 だが、まだ先輩たちの戻っていない部屋に入るなり、不安が押し寄せてきた。
 荷物の散乱するその部屋には、異臭が漂い、人の住む場所とは思えない。
 日々の過酷な訓練から、休息を求めて戻る部屋が、コレかと思うと・・・・眩暈さえ覚える。
 (とりあえず、奴等が戻る前に、少しでもまともな状態にするか・・・・)
 荷物を床に置き、片づけをはじめるが、まずゴミ箱が見当たらない。
 そして、見つけたと思ったらゴミに埋もれている。
 それらを半ばヤケになりつつ袋に押し込め、次は山積みになった雑誌にとりかかる。
 「・・・・社内報?」
 てっきり、くだらない週刊誌かアヤシイ雑誌かと思ったが、それはすべて神羅が自社で発行している情報誌だった。
 ぱらぱらとめくると、セフィロスの活躍が大きな写真で掲載されていた。
 憧れているソルジャーの名に、自然と頬が緩む。
 セフィロスを称える言葉が我が事のように誇らしい。
 今は、そのセフィロスに少しづつだが近づいているのだ。
 続いて載っているのは、先月の適正試験に合格したソルジャーのリスト。
 そしてクラスアップしたソルジャーの名が、顔写真入りで載っている。
 いつか、このリストに自分の名を・・・・そう考えた時、ふと気づく。
 リストの一部が切り取られている。
 よく見ると、ところどころ、ソルジャーに関連する記事が載っていたと思われるところが切り取られていた。
 (・・・ここのヤツでも、憧れてるソルジャーがいるのか?)
 そのソルジャーの記事だけ切り取り、スクラップにしてるのだろうか。
 そう思うと、少しだけ親近感も湧く。・・・あくまでも、少しだけ。





 だいたい片づけ、ようやく人の生活する部屋らしくなってきた。
 そろそろ、この部屋の元々の住人も戻ってくるハズだ。
 その前に、ゴミを出しておこう。
 パンパンにゴミを詰め込まれた袋を抱えあげドアノブを掴んだところでドアが開く。
 「うわっ!?」
 心の準備もないままに腕をとられ、体制を崩しかけて踏みとどまる。
 「おっと、悪ぃな・・・・って、クラウド?」
 「あ・・・あんた・・・」
 一瞬にして表情が硬くなる。
 なんで・・・・この黒髪の男とは、こういうヘンな場所でばかり居合わせるんだ?
 「ヘンなとこで会うなぁ?俺はココのやつに借りてたディスク、返しに来たんだ。お前は?何?ここの奴らと仲悪いんじゃなかったっけ?」
 (・・・そういうあんたは、この部屋の奴らと仲良かったのか)
 にこにこ笑いかける男に、思わずそう言い掛けて顔を背ける。
 「・・・あんたに関係ない」
 ココの奴らと貸し借りが出来るってことは、俺の同期ではなかったのか。
 ちらっと見ると、男が持っているディスクというヤツには、一見してわかる、いかがわしいタイトルが付けられてた。
 視線に気づいた男が、取り繕うように笑って頭を掻いた。
 「いやー、ここのヤツがさ、貸してくれるっつーもんだから、折角だしな。いや、なかなか良かったぜ?お前も見る?」
 「・・・・興味ないっ!」
 差し出されたディスクを、俺は突き返す。
 「あ、そうか、お前の部屋には・・・・」
 そこまで言いかけ、床に置かれた俺の荷物に気づく。
 「あれ?お前・・・・・この部屋に引っ越して来るのか?」
 俺が黙っていると、男は「うーん・・・」と少し考えるように唸った。
 「そりゃあ・・・・良くないなぁ。まぁ、ホントは悪い奴らじゃあないんだけどな。でも、お前もわざわざ、狼が口開けてる中に飛び込むことないだろ?」
 「・・・・他に空いてる部屋がない。しょうがないだろ」
 俺は吐き捨てるように言った。
 俺だって、他に選択肢があるなら別なのを選んでる。
 「・・・ふーん」
 顔を背けたままの俺を、男は凝視している。
 (・・・・いつまで見てるつもりだ?)
 (俺が何か言うのを待っているのか、それとも・・・・)
 「よし、じゃあ俺んとこ来い!」
 「はぁ!?」
 突拍子もないセリフに驚く間に、男は俺の荷物を拾い上げ、もう片方の腕で俺の首を抱え込む。
 「俺の部屋で、コレ見せてやるぜ!なっ!」
 「な・・・見たいなんて言ってな・・・っ」
 逃れようとするが、がっちりホールドされた首は容易に抜けない。
 (この馬鹿力・・・っ!)
 バタバタとした騒ぎに、何事かと集まった一般兵たちに構うことなく、男はゴミ袋抱えたままの俺を荷物ごと連行していった。
 
 
 

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